「ナマエさー、マルコさんのどこが好きなの?」 いい加減にしろよてめェ。 そんな威圧がピヨちゃんから発せられる。ふふふ、その程度で俺が止まると思うのか。サッチが言っていた。面白いことのためには、時には命をかけることも必要だと。 「えー、ええ〜、どこって言われても……」 「初対面時のこういうところがー、とか色々あるじゃん?」 「ああ、そう言われたら、マルコさんとは初めて会った時から初対面って気がしなかったなあ。親近感っていうか、話しやすいというか。知らない人だし日本人離れした容姿でちょっと威圧感もあるのに不思議だなって思って、そこからだった気がする」 そりゃあそうだろう。初対面じゃなかったんだから。 「俺マルコさんが日中何してるか知らないんだ。仕事も年齢も、住んでる所だって知らない。どこまで聞いていいのかも分からなくて、結局今の今まで聞けてないんだ。でも、」 「でも?」 「でも……うーん、なんでだろうなあ。分かんないや。ただ、知りたいんだ。俺マルコさんのこと本当に何も知らないから、……あ、そういうミステリアスな所に惹かれてるのかな?もしかして」
みすてりあす!!マルコが!! 俺は吹き出しそうになるのを必死に耐えた。そりゃあ謎だらけにもなるさ!マルコとして会ってる時以外はピヨちゃんなんだもん!だって異世界出身なんだもん!聞かれてもはぐらかすしかないさ! 笑いを堪えぷるぷる震える俺の足を、ピヨちゃんの鋭い爪がプスリと刺した。痛ぇ!痛いけど、でも楽しくてやめらんねェよこんなこと! 「そっかあ。よっぽど魅力的なんだなぁ、マルコさんって」 「ああ!かっこいいよ!エースも何度か会ったらきっと……」 言いかけたまま、ナマエの顔が突如曇る。急に肩を落として、手元のカップをいじりだした。 「……エース、できたらマルコさんのこと好きにならないでくれよな。俺エースと恋敵なんて嫌だし、なんかお前相手に勝てる気がしない」 「………。絶対ないからそんなこと気にするな」 「いや、でもマルコさんの魅力を知ったらきっとお前だって、」 「絶対ない。あり得ないから、気にするだけ無駄だ」 「えー……そう?」 「……」 ナマエはよっぽどマルコが好きなんだな。今までもずっとこんな風に、包み隠さずピヨちゃんに吐露してきたんだろう。 なんかいいなあ、そういうの。ただ相手がどういう人なのか知りたい、多くを望むわけでもなく、ちょっとだけでもいいから親しくなりたい。俺が最後にそんな気持ちになったのなんていつだっただろうか。
ちょっとだけ恥ずかしそうに、でもマルコが好きで仕方ないって顔をしたまま。それが本人に筒抜けてることも知らないで。ピヨちゃんの正体どころか、マルコがこの世界の人間でないことすら知らないのに。 (───あ) 帰る方法が分かった時、マルコはどうするんだろう。俺らが帰ればナマエの前からピヨちゃんの姿が無くなり、当然マルコもいなくなる。今さら正体がバラせない気持ちは分からなくはないが、こんなにもナマエに世話になっておいて、何も言わずいなくなるつもりなんだろうか。 それともピヨちゃんとして別れを告げ、マルコとしても別れの挨拶をする?どっちにしろ包み隠さず全部打ち明けていることにはならないか。じゃあナマエは一生、マルコがどこの誰だったかを知らないまま……?
それは、可哀想だな。 ナマエと一緒に風呂に入りながら、俺は目の前でお湯の出し方を説明してくれているこの男のことを考えた。そういえば彼はこの家に一人で住んでいるんだろうか。家族はいないのかな。仕事はしてるらしいけど、具体的に何をしてるのかは知らない。結婚や恋人がいる……わけないか、あれだけマルコ大好きって話してるんだもんな。そういえばマルコの話をずっとピヨちゃんにしてたって言ってたけど、マルコの話を気軽に出来るような友人すら、いないのだろうか。 昨日今日と、たった二日しか見ていないが、俺の知るナマエの生活はとても孤独だ。俺があの大家族に囲まれて生活しているから、落差でそう思ってしまうだけなのかもしれない。けど、好きな人が出来てそれを誰かに話すこともできない程、周りに誰もいないなんて寂し過ぎる気がする。 寂しい?寂しいから、いきなり現れた俺を受け入れてくれた?ペットでもないピヨちゃんの世話をしているのも、そういうナマエの寂しさが表れたこと……?
そう決めつけるには早いのかもしれない。ただ単に、簡単に会える距離に知り合いが住んでいないだけなのかもしれない。だけど今ピヨちゃんがいて俺がいて、「部屋が賑やかになった」とナマエはすごく嬉しそうで。俺らが帰る日が来たらどうなってしまうのだろうかと、また一人この静かな家で過ごしていくのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。
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風呂から上がり夕食も済ませ、俺は自分の仕事として課せられた食器洗いを終わらせると仮の寝室となったリビング隣の客間へと引っ込んだ。そこにはすでにマルコがいて、今日の俺の行動に対する文句を言おうと待ち構えている。しかしマルコが口を開くより先に、俺は少し声のトーンを落としてマルコへと尋ねた。 「マルコ、お前ずっとナマエに正体隠しておくつもり?元の世界に帰る日が来ても」 「……」 マルコは黙り込んでしまったが、その様子から全く考えてなかった、というわけでもなさそうなことは感じ取れた。きっとマルコも悩んでいた部分なのだろう。世話になったのに礼もしないで去るなんてそんな不義理は出来ない。しかしちゃんと挨拶をしようと思うと、マルコが自分の正体をバラすことは避けられなくなる。 「エースには、関係ねェよい」 「関係なく、無くなっちゃった」 「あ?」 「俺、ナマエのこと好きかも」 「……はあ!?」 ナマエと知り合ってからたったの2日だ。彼に関しては知らないことだらけだし、ましてや元々生きる世界が違う人間だ。異世界に飛ばされたなんていうワケわかんない状況に陥って、心細い時に親切にしてくれた相手をそう勘違いしちゃっただけなのかもしれない。 だけど、そう思ってしまったのだ。勘違いだったとしても、それでも俺らが帰るのと同時にナマエともサヨナラなのは嫌だなと、思ってしまったのだ。
「マルコは、ナマエのこと好きなのか?こっちの世界の情報源と仮宿として親しくしてるだけ?だったら俺、本気で行ってもいい?」 「………」 「俺、元の世界に帰れる日が来てもナマエと別れんの嫌だ。ナマエを説得して、……いや、無理矢理でも、モビーに連れ帰りたい」 「…………」
睨み合う俺らの間を様々な物音が響く。家の前の道を通る乗り物の音。隣接する別の家からの赤ん坊の泣き声。完全に日が落ちて外はこんなにも暗いのに、割りと当たり前のように活動してるんだな、こっちの世界の人は。俺らとは大違いだ。
「……てめェが割り込む隙なんか、あると思うのかよい」 「分かんねェよ?ミステリアスなマルコさんより、いつでも一緒に居られる俺の方がいいって思う日が来るかもしれねェ。正体がバレれば『ずっと黙って俺のこと騙してたのか!』って怒って幻滅するかもしれねェ」 「………」 「今ナマエがどんだけマルコが好きだったとしても、マルコがピヨちゃんでいる限り俺の方に分があると思うけど」 「……好きにしろよい」
ふいっと背中を向けて、マルコが窓へと向かう。羽で器用に窓を開けると、ばさっと一度羽ばたかせた。
「だが、俺から獲物を横取りできると思うなよい」
振り返り、そう一言言い残しベランダから飛び立っていく。開けっぱなしの窓を閉めようと立ち上がると、俺は自身の手が震えていることに気づいた。 「ふふ、くくく」 ああ、ヤバかった。ちょっとチビるかと思った。さすが、不死鳥マルコだ。もし仲間じゃなかったら、容赦なく八つ裂きだっただろう。 マルコが狙う獲物を横取りしようなどと、船の皆が知ったら「命知らず」なんて言われそうだ。分かっていて喧嘩を売ったのだ。だけど、マルコのターゲットだから遠慮する、なんてのもまた俺らしくねェと思うわけだ。横取りしてなんぼだろ、海賊なんだから。
(とりあえず、ナマエを説得するか落とすかしちゃわなきゃな)
心配をかけたままの船の皆には申し訳ないが、もう少しだけ待っていてもらおう。俺らがこっちに来た原因がまだはっきりと分からない以上、前起きなく突然強制送還って可能性もあり得ると思うと、あんまりゆっくりもしてられない。何も話が進まないまま、俺とマルコだけいきなり帰ってしまっても意味がない。
紐を引き明かりを消した。ゆっくり眠って鋭気を養おう。 明日からは、忙しくなりそうだ。
End.
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