お昼寝タイムに入ってくれたサッチから解放され、つかの間の休息時間に色々済ませてしまおうと俺はキッチンで仕込みをしていた。そんな時、神妙な面持ちでキッチンへと来たニューゲートの顔を見て、俺は不思議に思い鍋をかき回す手を止めた。 彼のこんな顔を過去あまり見たことがなかった。どうしたのか、そう訪ねると、ニューゲートは今しがた自分が聞いたことを話し始める。
「………、マルコが、そんなことを」 ニューゲートの話は俺にとってもショックなことだった。完全に寝耳に水で、想像だにしてなくて。我が儘を言うわけでもなくサッチに当たるでもなく、ただ一人マルコが耐えている状況を自分が全く気にも止めてなかったことがショックだった。
「……俺が、『マルコがいい子だと嬉しい』なんて言っちゃったからだ」 そうだ、あんな風に言えば、マルコは俺の望む通りにいい子であり続けようとするだろう。口に出して言われたことはないが、マルコから良く感じる『嫌わないで』というサイン。それがどれ程マルコにとって重いものであるのか、俺はこれっぽっちも理解していなかった。 「あー……、そうか、そうだよな、あ〜失敗した……、そういうつもりで言ったんじゃないんだ」 数日前に風呂場でマルコと交わした話をニューゲートにも伝えると、「ああ、そういうことなのか」と納得した顔を見せた。俺は、自分の都合でマルコに『いい子』を押し付けてしまっていたのか。 「……またマルコに悪いことしちまった」 「いいんじゃないのか?」 反省しろ、くらいは言われると思っていたニューゲートから真逆の言葉が出て、俺は驚き顔を上げる。 「マルコもお前も、もちろん俺も完璧じゃないだろう。特にマルコが来てから大して時間も経ってない。お互いを理解するために必要な時間など、一生あっても足りないくらいかもしれないんだ。失敗してぶつかり合って、そういう中で学びながら家族になっていくもんだろう」 「……」 「もちろん反省することは大事だ。二度と繰り返さないよう努力も必要だろう。だが、取り返しがつかないレベルじゃねェんだ。そう気に病むこともあるまい。それよりは、今後のことの方が大事だろ」 「……ああ、そうだな」 うん、と大きく頷いてニューゲートは笑った。
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その日の夕飯を済ませお風呂から上がったマルコに、俺はエプロンを外しつつ話しかける。 「マルコ、今日は一緒に寝ようか」 俺の言葉に一瞬顔を明るくしたマルコだが、直後うつ向き「でも」と呟いた。 「……でも、サッチが」 「今晩はニューゲートが見てくれるんだ。最近ずっと付きっきりで疲れぎみだし、マルコと遊んだり出来てないから俺寂しくてさー」 「……そうなのよい?」 「ああ。だから今晩は一緒に寝てくれるか?」 「うん!」 満面の笑みを浮かべて、マルコが俺の提案を受け入れた。「歯、磨いてくるよい!」と大慌てで寝る準備を済まし、早く早くと俺を急かしながら寝室へと向かう。毛布をめくってベッドの中へ招き入れると、小さな体がその隙間に収まりぴとっと体を寄せた。毛布をかけその上からポンポンと軽く叩き、中の空気を追い出した。
「明日からはマルコにも少しサッチの世話を手伝ってもらおうと思うんだ」 「……マルも?」 「ああ。マルコにもできる範囲のことで、俺もちゃんと横で見てるし手伝う。俺と一緒にサッチの面倒を見るんだ。それで、時間を見つけてまた一緒にお昼寝したりしよう。絵本も読むぞ。それから、一緒におやつも作ろうな。もちろんサッチも一緒に」 「……マル、我慢できるよい?お兄ちゃんだもん」 「マルコができても俺ができないんだ。俺が、マルコと一緒じゃないと寂しくて泣いちゃうんだよ」 「そうなのよい?」 見上げてきたマルコの目は驚き丸くなっていた。 「ナマエは大人なのに、寂しくて泣いちゃうのよい?」 「ああ、そうだ。大人でも泣いちゃうぞ。寂しいのも泣くのも、おかしいことじゃないからな」 「………」 俺の言葉を頭の中で反芻しているのか、マルコの視線が落ち考え込み始めた。
少しでも、マルコが一人で我慢するレベルを下げられればいいと思う。そんなに我慢しなくていいよってことが、ちょっとでも伝わればいい。今すぐには無理だろうけど、時間をかけて少しずつ。 そしてそのためには、俺がもっと頼れるようにならなきゃいけないのだろう。頼りない奴を前に自由に我が儘など言えるようになるわけがない。
「マルコ」 「なあに?」 「俺は、マルコが悪い子だったとしても嫌いになったりなんかしないぞ」 「……?」 そりゃあ、いい子でいてくれる方が嬉しいし、手がかからない方が楽なのも本当だ。だけど、マルコのことは楽だとか楽じゃないとか、もうそういう次元じゃない。手がかかろうがかかるまいが、大事なうちの子なのだ。
(……家族ってそういうことなのかな) マルコが想像も出来ない程の酷いことをして、「もうマルコなんか知らねェ!」っていうくらい俺が怒るような出来事が起きたとしても。それでもそう簡単にこの関係を切ることはない。縁を切って綺麗サッパリ終わりになど出来なさそうな程、もうマルコは俺の日常に溶け込んでしまった。 「もしマルコが悪い子になったら、嫌いにならない代わりに鉄拳制裁でまた仲直りだ。一回で仲直り出来なかったら二回でも三回でも、何度だって繰り返すんだ」 「……」 「そのくらい、ちゃんとマルコが好きだよ」 「マルも、ナマエが好きよい?」 「はは、なんで聞くんだ」 「……分かんない」
クスクスと笑いマルコの体を腕の中に引き寄せると、小さな手が俺のシャツを握りしめた。マルコの体温が心地よくて、少しずつ睡魔に襲われる。うとうとと今にも目が閉じそうなマルコの顔を見つめながら、俺はようやく、この船で家族として生きていく意味を少しだけ理解できた気がした。
End.
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