重ねられた隙間から不死鳥の舌が侵入しようと唇をなぞる。抵抗することなく自然と口を開きそれを受け入れた。口内を擦られる感覚がぞわぞわとした快感へ変わり、堪えきれずに息が漏れる。 「ん、……ぅ」 眉を寄せ、迫り来る快感に堪える。不死鳥の手が耳の裏をなぞり肩が震えた。壁一枚隔てた向こう側で、数人が連れだって談笑しながら歩いていく声が耳に入る。今扉を開けられたら色々と大変だなあ、頭の芯が痺れボーッとする思考でそんなことを思うが、「隊長室をノックもなしに開けるやつなんかいるわけないか」とすぐさまその考えを否定した。 「っは、ぁ」 ゆっくりと離れていく不死鳥の唇が唾液で濡れているのが目に入り、急に恥ずかしさを感じた俺は目を伏せた。だから、俺は見ていなかった。不死鳥の顔が、苦々しく歪められていたことに。
「……なんで抵抗しないんだよい」
ドアに手を押しつけ俺を閉じ込めたまま不死鳥が呟く。やっと押し出したかのような苦しそうな声色は今この部屋の雰囲気には似つかわしくなく、俺は伏せていた顔を上げた。 「一回ヤられたら二回も三回も同じかよい」 「何、…、え……?」 「どうして船の雑用を引き受ける。どうして地下牢から出ることを嫌がらなかった。どうして、隊配属を素直に飲んだりした」 「どうしてって……」
……お前が望んだことじゃないか。 問われている真意が掴めず、そしてどうしてこんなにも殺気まじりな鋭い視線を向けられているのかも分からず、自然と眉間にしわが寄っていく。 「こんな抜け殻みたいなお前抱いても嬉しくも楽しくもないよい」 「なっ…」 言われた言葉に耳を疑い、その突き放したような言い方にカチンと来て、俺は不死鳥の腕を払い睨みつけた。
なんだそれ……!お前が!お前が好き勝手に俺を連れてきたんだろ!俺の意思なんか関係なく!それを今さら……!
「今更ふざけんなよ!なんだ、一回ヤったら飽きたのか!」 「ふざけてんのはどっちだよい!!」 胸ぐらを掴まれドンと壁に叩きつけられた。容赦ない力強さに一瞬息が詰まり軽く咳き込む。 「俺が気づいてないとでも思ったのかよい!お前が俺をなんとも思ってないことも、何もかもどうでもいいと思ったままヤったことも俺は知ってる!」 「!!」 「てめェの罪悪感を誤魔化したいために言いなりになってることも!!」 鼓動が激しくなり、背中を冷たい汗が流れ、手が震える。 ずっと、見ないふりをしていた。もう以前ほど海軍のことを気にしていないと嘘偽りなく思っているのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのか。不死鳥に対し堂々と文句を言い意見をぶつけることすらできなくなり、ただ要求されたことを二つ返事で受け入れることしかできないのは何故なのか。 俺は利用したのだ。不死鳥が自分を好いていると言ってくれたあの気持ちを。 この罪の意識の出所を言い当てられて二の句が告げない俺に、「やっぱりな」と不死鳥が呟いた。
そうだ、何度も言われていたじゃないか、俺は色々と駄々漏れだと。そうでなくとも不死鳥は聡い男だ。俺の態度で察することなど雑作もないことじゃないか。 悟られているなんて思っていなかった。上手くやれているつもりだった。このまま黙って言う通りにして、不死鳥が望む時に相手になっていれば違和感を感じさせることなく、流れに身を任せていればその内勝手にそれなりに良い形に収まってくれるだろうと思っていた。
「………」 無言のまま気まずい空気が流れる。顔の横で握りしめられた不死鳥の手がギシリと軋む音を立てた。 すまない、そういうつもりじゃなかった、色々な言い訳と謝罪の言葉が頭の中で沸いては消えていく。
「……最悪だよい、てめェは」 「………、っ!」
しかし、次の瞬間俺の中に沸き起こったのは怒りだった。 じゃあこいつは一体どうして欲しかったというのか。逃げることも拒否することも許さないと言っておきながら、了承したらしたでそれを責められる。そもそも、あの研修船で交わした俺との交渉をこいつが一方的に反故にしたことが全てのことの発端ではないか。 望み通りに俺は海兵ではなくなった。正式に白ひげの一員となり、こいつが要求したことは何一つ取りこぼすことなく答えている。それともまだ足りないのか。もっと俺から奪わないと気が済まないとでも言うのか。これ以上、一体何を。
目の前の胸を突き飛ばし、俺は不死鳥を睨む。 「それが……っ、それが欲しかったんだろうが!欲しいものをくれてやったのになんで俺が責められなきゃいけない!!」 「っ!!」 「いらないってんなら捨てればいいだろ!どうせお前が気まぐれで連れてきた拾い物だ、思ってたのと違ったんならさっさと処分でもしろよ!!」 「お前っ……!」 胸ぐらを掴んでいた腕が引き寄せられ、ぐっと不死鳥が拳を握りしめたのが分かる。殴られる、そう思い目を閉じる直前、目に飛び込んできた光景に俺はすべての思考を奪われた。 不死鳥の怒りに震える瞳の奥に、悲しげな色が揺れていた。顰められた眉は悲痛で食い縛った唇は震えていて。
一瞬の内に思い知る。今、俺は彼をひどく、傷つけたと。
いつまで待っても衝撃は訪れることはなく、突き飛ばされた勢いのまま俺はベッドに尻餅をついた。目の前から気配が消え、次の瞬間ドアが力任せに閉められた音が響く。恐る恐る目を開くと不死鳥は部屋を出て行った後で、座り込んだまま俺は唖然と床を見つめた。彼があんな表情をしたことが信じられなかった。
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