「マルコ、良かったのかよ?」 二人が立ち去った隊長室でサッチが疑問を口にした。ナマエの所属を決めればもう用はないだろうに、他の連中もいつまでも隊長室でなにやらそわそわとしている。おそらく皆、自分と同じことが気になっているのだろう、サッチはそう理解していた。
てっきりマルコは自分の隊に入れると思ったのだ。多少無茶を言ったとしても(そもそもの始まりが無茶だったわけだからそれは今さらだ)、そこは押し通す気がしていた。 しかし「うちに来い」と誘うでもなく、強引に引き込むでもなく、エースの提案を却下するでもなく。本当にナマエがどこ所属になろうとも関係ないかのように2番隊へすんなりとやってしまった。
「本人が希望してんだ、好きにしたらいいよい」
手元の書類に視線を落としつつマルコは呟く。数日前までのこいつの様子を知っている側にしてみれば、そのマルコの態度は「なんなのお前」と言ってやりたいものだったのだが、結局サッチはそれ以上言葉を発することなく部屋を出た。 「どうしちゃったの、あいつ」 代わりにハルタがサッチの疑問を代弁する。本人を前にその言葉を口にすることはさすがにできなかったのか、隊長室からかなり遠ざかってからの発言だった。 「ナマエがようやく観念したんだろ?もっと喜んでてもいいんじゃねーの」 そうなんだよなァ、声には出さずにサッチは同意した。 ナマエから直にそう聞いたわけではないが、状況や態度など諸々のことから察するに彼にはもう逃げる意思はないのだろう。サッチの知る限り、現状マルコの希望通りに事が進んでいるはずだ。 だがアレは一体なんだと言うのだ。ナマエはとりあえずいい。あんなにも頑なに拒否していたのに、急になんでも素直に受け入れるようになったことに違和感を覚えないわけではないが、それでもまあ、そこまで気にならない。立場的にも色々思い悩む部分はあるだろうし、すぐ気持ちを切り替えて打ち解けられてもそれはそれでどうなのって気もするし。 問題はマルコだ。ちょっと前まであんなにも分かりやすく態度に表していたナマエへの執着を、今は欠片ほども感じ取れないのだ。
───まるで、子供がおもちゃに飽きたかのように。
そんな例えが一瞬頭の中に浮かび、サッチは少しだけ歩みを止めた。数歩先を歩いてから気づいたハルタが不思議そうな顔で振り返る。 「どうかした?」 「……いや、」 いやいや、さすがにそれは、俺ちょっと笑えない。犯罪なんか怖くないぜ!と言っても、それでもある程度の常識とモラルはあるつもりだ。いざナマエが海軍に戻れない状況が確定したら「飽きた」は、いくらなんでも……。 「うちの長男サンは何がご不満なんでしょうね」 「分かんね」 わざと冗談めかした言葉を選びながら、サッチは自分の持つマルコに関する記憶を甦らせた。食い物でも遊びでも女でもいい、マルコが今まで何かに夢中になりそして飽きるまでに、一体どのくらいの時間を費やしていたかを思い起こそうとした。 しかし思い出されるのはどんな状況でもオヤジを最優先するマルコばかり。オヤジにとって是であればいつまでも「それ」はマルコの手元に残るし、非であれば切り捨てることに躊躇ない。今になってナマエがオヤジにとって非である事実でも出てきたのか?とも思うが、もしそうなのであれば船をあげての騒動だ。マルコ一人が抱えてて良い問題ではない。
「……分かんねーなァ」 今現在マルコに対して「飽き性」というイメージがないことが、サッチにとっては唯一の安心材料だった。
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