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15

壁伝いによろよろと歩きながら、俺はオヤジの部屋を目指す。

オヤジが船医室を出た直後を追ってきたのだが、追い付くどころかまともに歩けもしなかった。

途中何人かにぶつかっては謝り、そしておそらく何人かはぶつかりそうだったのを先に避けてくれていたと思う。

ついさっき視界を奪われたばかりでいきなり一人で出歩くのは少し無茶な気はしたが、俺はそんなことよりも先にとにかくオヤジに話さなくてはいけなかった。

「おっ、オヤ、オヤジっ!!」

「おう、ナマエ。どうした」

どうしたじゃない!と文句を続けようと開いた口からは、ぜえぜえと荒い息しか出てこない。

見えないだけで、こんなにも体力が奪われるものなのか。

オヤジの部屋にいたナースがそっと俺を誘導し、用意された椅子に座らせた。


「オヤジ、世話係はマルコ以外にして欲しい」

「なんだ、マルコは不満か?」

「不満、っていうか、そうじゃなくて。あー、なんだ、えーと」

説明しようとすると上手く言えない。

不満なわけじゃないのだ。ただ、気まずくて、困るだけで。

世話なんてされたら今まで以上に付きっきりじゃないか。

異動がいいきっかけになり、せっかくほど良く距離が出来たのだ。

現状が続けば、きっとマルコに対する気持ちの整理がつけられるだろう。

それをまたぐしゃぐしゃにされては堪らない。


なかなか言葉に出来ず、「えーと」を繰り返す俺に、オヤジがグラララと笑った。

そして頭に微かな圧迫感。

先程俺がエースにしたように、オヤジが俺の頭をぐりぐりと撫で回した。

「お前ェは昔っからそうだな、ナマエ。頭でばっかり考えて、自分の事になると目の前がちゃんと見えてねェ。頭が良いのはお前の利点だが、利点が欠点になることもあるいい例だ。異動はいいきっかけになるかとも思ったんだが、そう思うようにはいかねェしよ」

「…オヤジ?」

「お前、船を降りようとしてるだろ」

オヤジの言葉に体がビクリと震えた。

オヤジの隣で動いていたナース達の気配もピタリと止まり、部屋の中は急に静寂が訪れた。


「どうだ、俺と賭けをしないか」

「賭け?」

「目が治るまでの1週間。最後だと思って俺の我が儘に付き合ってくれ。もし、目が治っても今と気持ちが変わらないようだったら…その時は好きにしていい」

「……でも」

「いいことを教えてやる。親が願うのはいつだって子供の幸せだ。わざわざ幸せから遠ざけるようなことを、俺がすると思うか?」

「それは思わない」

絶対、思わない。それだけは断言できる。

オヤジが嬉しそうに笑い、つられて俺も笑みを浮かべた。


がんじがらめになって自分の力ではもう動けないのなら、オヤジを信じてみてもいい気がした。

オヤジが何を思ってそうしたのかは分からないが、オヤジを無条件で信頼している俺らにとって、「オヤジが言うなら」は最大の説得力を持つ。

最後だ、と思えばどんな結果も受け入れられる、そう思えた。


「目が見えないのはいい機会だ。見えないからこそ見えてくるものがある。もう少し、お前は自分の見ているものを疑った方がいい」

「…?」

どういう意味だ、そう尋ねようとした所で、オヤジの部屋の扉が勢い良く開けられる。

ビックリして振り向いたが、何が起きたのか分からない。

見えなくても音には反応してしまうもんなんだなぁ、と変に感心していると、ドスドスと荒々しい足音で近づいてきたそれに急に腕が引かれ立ち上がらされた。

「なに勝手に一人で出歩いてるんだよい!」

「マルコ?」

「いつの間にかいなくなってるから探し回ったじゃねェか!」

「え?あぁ…ごめん、?」

本気で心配してくれていたらしいマルコだが、俺はどうしてそこまで心配されるのか理解できずに頭に疑問符を浮かべたまま謝罪した。

それを感じ取ったマルコがものすっごい深いため息を付く。

「…目が見えないのに一人でフラフラして、海に落ちたんじゃないかって思ったんだよい。ただでさえ船内は段差も激しい。出歩くのはいいが、せめて一言言ってけよい」

マルコの声が、普段より少し沈んでいた。

そうか、俺がまだ慣れないのと同様に、マルコもまだ「目が見えない俺」に付き合うことに慣れていない。

「そうか、そうだな。ごめんマルコ。次からは気を付ける」

そう言うと、マルコが「分かればいいんだよい」と呟いた。


「話は終わりだ。マルコ、連れてけ。ちゃんと面倒見ろよ」

オヤジが退室を促す。

まだ色々と不安はあったが、この部屋に飛び込んできた時の暗い気持ちは無くなっていた。

結局オヤジの真意は分からなかったが、俺はもうそれでいいかと思えた。


1週間後、俺はもう一度ここを訪れる。

それがオヤジへ礼を言うためなのか、それとも今生の別れを言うためになるのか。

どっちに転んだとしても俺はすべてを受け入れる覚悟を決めた。

せめて最後になるかもしれない1週間が、マルコとの最良の思い出になることを俺は心から祈った。




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