[携帯モード] [URL送信]
ひとりでできません@(マルコ/「逆転ヒエラルキー」の続きの続き)




腹をかすった弾に、吹き出すように流れた血に、そして普段であればあっという間に青い炎が出て癒えるはずの傷に、俺は目の前が真っ暗になった。

バツンと自分の頭の中で何かが焼き切れたような感覚がする。無意識に作り上げていた限界点が壊れ崩れ落ちていき、その向こう側が広がった。

(ああなんだ、こうやって使うものだったのか)

一旦把握すれば、正体不明だった「それ」の全貌が見えてきた。ずっと自分のすぐ傍にあったそれの使い方が手に取るように分かる。一度知ってしまえば知らなかった以前にはもう戻れない、どうしてこんなことを理解できなかったのかと、ほんの数秒前の自分に自分で疑問する。なるほどそうか、そうだったのか。こんなにも簡単なことだったのか。


「えっ、ナマエ?」

すぐ隣で、誰かが驚くような声が聞こえた。しかし今そんなことは大したことではない、五感すべての感覚がやけに鋭く、必要な情報と不必要な情報が高速で分けられ、そして要らない方が勝手に遮断されていく。

体が驚くほど軽く、モビーの甲板がむしろ狭く感じる。あんなに遠く離れた敵にも一瞬で飛びかかれそうなほど。自分の目の高さがずいぶんと低い気がする割りに、視界はどこまでも広く遠くまで見渡せる。体を動かす筋肉の軋む音までしっかりと耳に届く。


全身をバネのように使い、俺は一気に敵海兵まで距離を詰めた。俺の存在は完全に意識外だったのか、牙が届く直前に驚き酷く青ざめた表情が目に入る。手にしていた銃で自身の体をガードするように構えるが、しかしそんなことは関係ないとばかりに噛み付いた。


俺、どうしてこんなことが出来るのだろう。

固い銃身を口の中で感じながら、ふと小さな疑問が浮かんだ。自分のやっていることに対し感情面がいまいち追い付いて来ない。

俺はお世辞にも強いとは言えない。訓練してるとは言え、どちらかと言えば戦闘員というよりは雑用係なのに。数十メートルもあるだろう距離を一瞬の内に詰めたり、真正面から海兵に飛びかかったり、そんなことが出来るほどの実力は無いはずだ。


───ああそうか、俺今獣型化してるんだ。


納得できる答えが浮かぶと同時にそれは意識の外へと追いやられる。今俺を支配する怒りの感情のせいで、それらは全てどうでもいいことであると片付けられた。


鉄の味が広がる。固くて、そして少し熱い。銃身が熱い理由はついさっき発砲したせいだ。その銃口はマルコを狙い、彼の体を傷つけていた。目に焼き付いて離れない光景に俺は腹の奥底から唸り声を上げ、銃身に噛み付く牙に力を入れる。ぐにゃりと易々と鉄の固まりはくの字に折れ曲がり、それを目の前で見た海兵が喉の奥から引きつった悲鳴を上げた。

使い物にならなくなった銃を海兵の手から奪い取り、ブンと首を振って遠くへと放り投げた。仰向けに倒れた海兵に意識を集中させたままのし掛かり、その肩を押さえつける。視界に入った俺の腕は、俺の知っている腕とは全く違っていて肌が見えないほど毛で覆われていた。その手の先からは鋭い爪が光り、怯えた表情でこちらを見上げる海兵の瞳には牙を剥き出しにして唸る獣の姿が写っている。

この爪で切り裂けないものは無くこの牙で噛み砕けないものは無いと妙な自信が沸き上がり、俺はその喉元に狙いをつけて襲いかかった。


「ナマエ!避けろ!!」

遮断されていたはずの聴覚を越えて、それでも耳に届く声がした。反射的にその場から飛び退くと、まさに一瞬前まで俺がいたその場所を重い鉛の弾が通る。

俺を狙った弾は甲板に穴を開け、そこから薄く煙が上がった。気づけば、甲板に乗り込んでいた海軍は尻尾を巻いて逃げ始めている真っ最中だった。

「ぐるるる………」

発散できなかった怒りが腹の底に留まり、不快感から俺は低く唸った。海軍船はもう豆粒程度にしか見えないほど遠ざかっているにも関わらず、それから視線を外すことができない。


「ナマエ、もう大丈夫だ。落ち着けよい」

マルコが俺の背中を落ち着かせるよう数度さする。胸の毛のふさふさした部分に手を伸ばし、モフモフと揉むように滑らせた。う、気持ちいい。

「きゅぅん……」

あんなにも根深く居座っていた怒りがあっという間に発散されていく。もっと撫でて欲しくてその手に刷り寄ると同時に、強い血の匂いが鼻に届いた。マルコの怪我が未だ癒えていないことが分かり、怒りが落ち着いた代わりに酷く悲しい気持ちが自分の胸中に広がる。


マルコが怪我してるなんてらしくない、いつも不敵に自信満々に笑ってないと嫌だ。俺はだらだらと出血するその脇腹を舐めた。

「大丈夫、このくらいじゃ死にはしないよい」

マルコが笑い、平気だとアピールする。それは無理や痩せ我慢をしているような表情にはとても見えず、マルコが元気であることが分かり嬉しくなった俺は鼻を刷り寄せて一声鳴いた。





[←*][→#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!