「マルコ、寝るならちゃんとベッドへ行け。それから酒はもう止めろ」 引ったくるように無理矢理マルコから酒瓶を奪う。 不機嫌を隠そうともしないマルコは、煩ぇよい、と力なく呟いた。 このやり取りをもう何日連続で続けているのだろう。 ジェイク隊長が亡くなってから、オヤジや隊員の前ではしっかりしているのだが、マルコは自室に戻るとこんな風に酒ばかり飲むようになってしまっている。 翌朝になると寝る前の記憶がないことが多いほど深酒を煽り、半ば気絶するように眠りにつくのだ。
ぐでんと机に突っ伏して、まともに歩けるのかも分からないマルコの腕を支え、立ち上がるように促す。 足元をふらつかせながら立ち上がったマルコが、のそのそとベッドに向かった。 「ほら、靴脱いで」 「んー」 ぽいっとマルコが脱ぎ捨てた靴を拾ってベッド下に揃えた後、毛布を巻くってマルコを寝かせる。 大きい子供の世話をしてる気分だった。 大人しく横になったマルコに、俺はやっと、ほっと息を付く。 「よし、じゃあランプ落と…」 「ナマエ」 毛布を整えていた腕を掴まれ、俺は動けなくなる。 眠りについたかと思われたマルコが、目を開けこちらを見上げていた。 すがるような目で見上げてくるマルコに、胸の奥底がざわざわした。 「行くな、よい」 「マルコ」 「一緒にいてくれよい。…一人は嫌だ」 ギュウ、と掴まれた腕に力がこもる。 そのまま引っ張られ、俺はマルコに覆い被さるようにベッドに倒れ込んだ。
抵抗などできるはずもなかった。 マルコが俺をそういう風に見ていないのは痛いほど分かっていたし、隊長が居なくなって出来た心の隙間を埋めたいだけなことも知っていた。 だけど、どんな理由であれ、マルコが俺を必要としてくれるのが嬉しかった。 この先に幸せな未来が待ってるはずないことは分かっていたが、俺には拒むことなどできなかったのだ。
泥酔していたマルコが翌朝何も覚えてなかったことに、俺は心からホッとした。
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「本当は今まで何度も降りようって思ってたんだ」 マルコの気持ちが成就したら、ジェイク隊長の葬儀が終わったら、マルコが隊長として大丈夫になったら、この戦闘が終わったら、次の島についたら、…いくつもきっかけを探してその都度降りることを決意してた。 一度もそれを実行に移せないのは単に自分の意思の弱さなのか。 あの夜マルコに触れてしまったのは一番の失敗だった。 触れることなどできるわけもない、と諦めていたのに一度でもそれを知ってしまうともうダメだった。
「離れて楽になることは許さない、ってそう言われた気がしたよ」 一番欲しいものは絶対与えてくれないのに、時々、目の前にご馳走をちらつかされるんだ。 欲しくないんですか、あんなに目に見える距離にあるのに、触れそうなほど近いのに、諦めてしまうんですか、そう言われて、「要らない」と断言できるほど俺は強くなかった。 俺は、これはジェイク隊長が俺に与えた罰なんじゃないかと思っている。 お前は欲しいものを手にいれられないまま、一生マルコに焦がれて生きろ、と。
『想い合ってないのに、あんな顔でお互いを気遣ったりするもんかよ』 エースに言われた言葉が頭から離れない。 空になったグラスを手で弄びながら俺はため息をついた。 それはないよ、エース。 仲間としてのそれと、俺のそれを混同してはいけない。
「船を降りる覚悟はないのに、傍にいるのは辛いんだ。中途半端に距離を置いたのは自分なのに、顔が見れると嬉しいんだ」 『1番隊に、戻ってこいよい』なんてマルコに言われたから、ちょっとおかしくなってしまったのかもしれない。 困ったなぁ、この十年間、辛かったり平気だったりを繰り返しながら何事もなかったかのようにやってこれたんだけどな。 このままずっと、やっていけると思ってたんだけどな。 俺は笑ってそう言ったつもりだったが、サッチは固い表情のまま俯いていた。
あぁやっぱり話すべきではなかった、そう思う。 サッチには悪いことをした。 知る必要のない、余計なことを聞かせてしまった。 なんだかんだでサッチは優しいから、関係ないのにきっと気に病んでしまうだろう。 でも、十年間自分の中に留め続けたこの話を誰かに聞いてもらわないと苦しくて仕方なかったのだ。
本当は、墓にまで持っていくつもりだったんだけどなぁ。 墓に持っていくどころか、高々十年で根を上げてしまった。 結局俺は昔から自分のことだけで精一杯だ。 ジェイク隊長のことを理由にしてもマルコの体の心配をしても、ただ自分が彼の傍に居たかっただけなのだ。 それだけなのに、抱えてしまったものがあまりに重たくて潰れてしまいそうだ。
潮時。 俺の脳裏に、その言葉が浮かんだ。
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