この先の航路には何か難しいポイントがあるのか、朝食を済ませてからニューゲートはずっとコンパスとにらめっこをしている。この間彼の邪魔をしてはいけないことをマルコは経験上知っているようで、ニューゲートが与えた書き損じの紙とペンを持って、甲板で一人大人しくお絵描きに興じていた。
「おい、マルコ」 「………」 無視かよ。相変わらず俺が話しかけても顔を背けて返事すらしない。ニューゲートがいれば「マルコ、ちゃんと返事をしなさい」と注意されその時は素直に聞くのだが、完全に二人きりの時だと全然だ。
俺は毎日のように叱ってしまっているし(っていうかマルコが叱られるようなことをするから悪いんじゃないかと思う)、マルコにとっては口煩い嫌なやつなんだろう。避けられる理由が顔が怖いだけであれば初対面が最悪でもそこからどうにでも挽回できたかもしれないが、叱る時たまに拳骨落として泣かせてしまってもいるから子供目線で考えれば嫌われても仕方ないのかもしれない。
………まあいいか。だからと言って違う関わり方なんかできないし。無視されてるんだとしても耳が聞こえないわけではないんだから、伝えなきゃいけないことを勝手に喋ればいい。 「お前粉ミルクとオムツ要るか?いるなら次の町で買うが……」 俺の言葉に急に立ち上がったマルコは、勢いをつけて俺の脛に蹴りを食らわせた。完全に油断していた上的確に急所に入り、俺は思わず呻き声を上げしゃがみこむ。 「ぐおぉ…!」 「馬鹿にすんなよい!マルはもうお漏らしなんかしない!!赤ちゃんの飲み物も飲まない!!」
子供の蹴りとは言え痛い!マジで痛い! 悶絶する俺を無視し、マルコは逃げるように船内へと入って行った。 粉ミルクとオムツがいるかどうかを聞いただけでこの仕打ち!なにこれ!俺何かした!?
「そりゃお前が悪い」 一部始終を見ていたのか、ニューゲートが俺の頭を軽く叩く。 「なんでだ!」 「考えても見ろ。お前、もし今真面目に『大人用オムツ使いますか』って聞かれたらどう思う」 「てめェ俺を何歳だと思ってやがる。喧嘩売ってんのか」 「だろ?」 「………あいつあのナリで赤ちゃんじゃないつもりなのか」 「子供なんてみんなそんなもんだろ。子供は何歳だろうがいつだって自分が大人だって思ってるもんだ」 「ふぅん……」 そんなもんか。俺はどうだったかな。自分の子供の頃のことなんてもう覚えてない。
ふと、船長のことを思い出した。 あの日海軍に全滅食らうまでは、俺は自分を一人前の海賊になれていると思っていた。実際はまあ、守られてることすら気づけないただの半人前の馬鹿だったわけだが。 もしあの日、俺が自分を一人前だなんて過大評価していなければ、今とは違った未来があったのだろうか。
「…………」
……ま、とりあえず粉ミルクとオムツはいらないって分かったからいいや。
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