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01




どうして海賊になったのか、と問われるとそれに該当する答えを俺は持っていない。物心ついた時にはすでに海賊船が家だったし、なるならないの選択を迫られることもなく俺は生まれながらに海賊だった。

だから、海賊として何か成したいこと果たしたいことがあるわけではない。その日生きられればいい、楽しいことがあれば尚いい。そういう暮らしだ。


しかしこれだけはハッキリしている。


「…………」

「…………」

甲板に鎮座する異物。負けまいと俺をじっと睨み付けるが、明らかに及び腰だし手は震えているし、目には溢れそうなほど涙が溜まっている。唇が微かに震えるのを見て「ああ、これは泣くな」と思った次の瞬間、船中に響き渡りそうなほどの大きな声でその異物───マルコが泣き出した。


両耳を塞いでも頭の中にまで届くその声は、不快以外何物でもない。ぐう、と自分の発する唸り声さえ掻き消すその泣き声を聞きながら、俺は天を仰いで少しだけ現実逃避をした。


───俺は、育児をするために海賊やってるんじゃない。





「船長!!」


船長の胸を刃が貫通するのを見た。その瞬間からすべてがスローモーションの様になり、自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。船長の影で見えなかったその海兵は刺さっていた武器を一気に引き抜くと、そのまま勢いをつけて船長の胸を袈裟懸けにした。

「……!!」

返り血がその海兵の体を汚し、すぐ後ろにいた俺の顔も汚した。


船長は、俺にとって親代わりだった。

俺も含めこの船にいる誰も、俺の血の繋がった両親がどんなやつだったのかを知らない。グランドラインを漂う無人の小舟にポツリと置き去りにされた、生後間もない俺をここの船長が発見したのはもう20年も前のことだ。

両親の代わりに俺を育ててくれた大事な人。彼に恩返しすることが俺の強くなる理由で、生きる目的で。なのに、船長は俺を庇って死んだ。彼の力になるどころか俺は彼を死なせてしまった。


船長が倒れたことにより、仲間から一気に戦意が失われていく。統率が取れなくなり、甲板のあちこちで仲間が次々倒れていくのが見える。いつの間にか、見える範囲で立っているのは俺一人になっていた。

「よくも……っ!」

俺は死ぬことは怖くなかった。このままここを最期の場所として皆と一緒に海に沈むのはむしろ本望だった。

だけど、船長を殺したあいつに一矢報いないまま倒れるのだけは嫌だ。そんなの死んでも死にきれない。俺程度では致命傷など無理かもしれないが、刺し違える覚悟をもってすれば掠り傷程度でも負わせられるかもしれない。


それだけでいい。たった一太刀、浴びせることができれば。

足元に転がっていた誰のかも分からないナイフを拾い、俺はその海兵へと突進する。


「うぐっ」

しかしナイフが海兵に届く遥か前に襟を後ろから掴まれ、俺の体は易々と持ち上げられた。足が完全に地面から離れ何度か宙を蹴る。俺を肩に抱えあげると掴まえた本人であるニューゲートは本船から飛び降り用意してあった小舟に降り立った。

「ニューゲート!離せ!!」

「アホンダラ!命を粗末にするんじゃねェ!」

「粗末になんかしてねえ!あの野郎を……船長の敵を取るんだ!」

「それを粗末にしてるって言うんだ!!」

海面を横凪ぎに一払いすると、小舟に乗り込もうとする海兵が一掃される。俺を掴まえたままニューゲートは舟を漕ぎ、本船からどんどん遠ざかって行く。徐々に小さくなっていく俺らの家から火の手が上がり、そして傾いた船が海の中へと消えていくまで、俺はずっとそれを見つめていた。





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あきゅろす。
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