そして三年目。 「…やっぱり」 朝起きてまっさきに引き出しへと駆け寄った俺は、一昨年も去年も起きたことがまた起きたことに驚くよりも安堵した。 「航海日誌37、マーコ」 やっぱり来ていた。そしてどんなに探しても、俺の去年の日記帳は見つからない。 不思議現象が三年目、そして航海日誌が三冊目となり、俺は少しワクワクし始めていた。一年目に初めてこの日誌を手に取ったときとはまた違うワクワクだ。まるで年に一回発売される単行本を楽しみにしているかのような気分。この不思議交換がいったいいつまで続くのか、そして終わる瞬間には何が待っているのか。今俺はそれが楽しみで仕方ない。もしかしたら終わらないのかもしれない。それならそれでいい、マーコさんが綴る冒険譚を俺はずっと追っていきたい。 朝食前に1ページ目くらいは読んでしまおうか、そう思いペラリと表紙をめくった俺は、そこに過去2冊には無かった文字を見つけ心臓が跳ねた。 「Give me back my logbook」 少し固い表紙の裏、筆跡からもマーコさんの字。 日誌に綴られる雰囲気の文章と違い、明らかに意思をもって俺に投げ掛けられた言葉。 『日誌を返して』 ドキドキと心臓が激しく鼓動を打っていた。もしかしたら、と俺も少しだけ考えていた可能性。もしかして、 「…マーコさんは、実在する……?」 これは、マーコさんという架空の人物が書いた空想の日誌ではなく、実在する世界の実在するマーコさん自身の本物の航海日誌なのではないか。 俺はしばらくその短い文章から目を離すことができなかった。 ・ 不思議現象が思いもよらない展開をみせて、俺はとても興奮していた。 「しかし返してって言われてもなあ」 俺が取ってきたわけじゃないから、返せって言われてもどうしたらいいのか分からないんだけど。 どうしよう。とりあえず、マーコさんと意思疏通が取れるようになるのが先かな。あっちの事情とこっちの事情が分かれば、もしかしたら返す方法もわかるかもしれない。 となると、俺が自分の日記に色々書いてくのがいいかな。俺の日記が向こうにあると考えるのが妥当な気もするし。 英語で意思疏通を計り始める主人公。自分の住所書いたり自己紹介したり。 しかし、その年の春。 消えた俺の日記帳の代わりに届くはずだった4冊目は、俺の手元には来なかった。 ・ 「………なんでだ」 ポカンと一冊分空いたままの引き出しを眺める。 例年通りであればここには4冊目のマーコさんの航海日誌が入るはずだった。俺の日記は消えているんだから、「それ」が起きなかったというわけではないのだろう。なのに、俺の手元にはなにもない。 「……あ」 ふと気づいた。 そういえば俺は去年一年、俺は自分の日記に書く内容をどうしようかとそればかりに夢中で、マーコさんの航海日誌を途中から読んでいなかったことに。そこになにか理由があるのではないか、そう思い俺は一年遅れでマーコさんの航海日誌37を読み始めた。 3冊目の後半は、目を疑う内容ばかりだった。 「嘘だろ」 誰に聞かせるでもないつぶやきが口から漏れる。 ティーチがザッチを殺した、実が奪われる、家族殺しは唯一のタブー、許されない、悲しい、エースが追う、父反対、悔しい、俺が行きたい、でも船を開けるわけにはいかない、飯の味が変わった、あの味が懐かしい、もう食べられない、辛い、エースから連絡が来ない、頻繁に連絡しろと言ったのにあの馬鹿、ティーチの嫌な噂を聞いた、毎日綴られる出来事にバクバクと心臓が音を立てる。 マーコさんはかなり切迫していたのだろう、ひどく冷たい単語の羅列。書きなぐったような荒れた字。書きたくない、だけど書かなくてはいけない、義務感のみでのその行為はとても悲しく見えた。それでもまだ、負の連鎖は続く。 『エース、海軍に捕まるとの連絡が入る』 『ティーチが***(解読不能)に入るらしい』 『船全体が重苦しい』 『父が今まで見たことないほど深刻な顔をしている』 『エースの処刑の日が明らかになる』 『傘下の海賊団に招集を掛ける』 『救出に向かう』 なんだよ、やめてくれよこんなこと。ずっと楽しいことばかりだったのに。たまに何か大変なことが起きても数日後には元通りだったのに。 ページを捲る手が震える。 △月◇日 明日、ようやくマリン***(解読不能。地名?)に到着する。 エースを助けるために全勢力が集まった。 海軍も錚々たるメンツだろうがこちらも負けられない。 絶対に死なせない。エースを助けて、また今までのように****(解読不能) そして、その日付を境に後ろは真っ白なページが残されていた。 「………なんだよ、それ」 ここで終わり?こんな終わり方ってない。 ずっと、毎日なにも起きなかったり何か起きたりを繰り返すだけだったじゃないか。どうして今になってこんな、こんなことになるんだ。 その夜、俺は眠れなかった。どうなったのか分からないマーコさんやエースたちが無事でいることを心から祈った。 |