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03




最後の宴はモビーの上で、というのがロイの希望らしい。船を港につけたままの船上宴が始まり、あちこちで「おめでとう!」の声がかけられている。


「倒れられたばかりでダメです…!」

「飲みたいモン飲んで体に悪いわけがあるか。再検査だなんだで散々我慢させやがって」

甲板の中心で、ナース長が必死にオヤジを止めているのが見える。祝いの席だからなのか、オヤジの飲酒に関し普段口うるさいナース長も少し控えめだ。


あの後、オヤジの病気はクルー全員の知るところとなった。風邪ではなく病気という事実に一時は軽い混乱状態にもなったが、船医から何度も病状や今後のことに関する説明を受け、とりあえず今のところ大きなパニックになることもなく落ち着いている。

オヤジの体の病気は対外的には秘密にすることが決まった。知られたところでそう問題ないだろうとオヤジは笑っていたのだが、不必要に争いを増やすこともないというのが隊長たちの決定だ。

今後のことに不安がないわけではないが、今までと何も変わらない。ずっと、オヤジをオヤジと慕って航海するだけだ。


甲板で揉みくちゃにされながら宴を楽しんでいるロイの所に近づいたマルコは、一言「おめでとう」と口にするとその隣に座った。半分ほど減ったロイのジョッキに追加で酒を注ぐ。

「しかしまあ、よく決意したねい」

「まあな。こんな生活だろ?さすがに船の上で子育てはな、色々な面で現実的じゃないし」

そう言ってロイが笑った。ロイの向こう側には嫁さんになるナースが別のナース仲間と話しているのが見える。

「明日自分が死んでも、こいつに何か俺と一緒にいた証みたいなものを残したいと思ったんだ。だから子供ができたのは素直に嬉しかった。船を下りることに未練がないわけじゃないんだけど」

「オヤジも喜んでたんだろ?」

「うん、またいつでも戻って来いとも言ってくれた。ありがたいなって思うよ。この子もすごいよな。生まれた瞬間から何百人もの家族がいるんだから。オヤジを筆頭に叔父さん叔母さんが大勢だ」

そう言ってロイはナースのまだ目立たないお腹を撫でた。


「マルコとはガキの頃色々あったし一時は本気でいけ好かないと思ってたけど、今は感謝してる」

急に真面目な顔をして真剣な口調で話し始めたロイに、俺は少し何と返していいのか迷った。ロイとギスギスしていたのはもう何年も前のことだ。今さら話題に出されても懐かしがるどころか「よく覚えてるなそんなこと」と感心してしまうほど。


「礼を言うならナマエに言えよい。あいつがいなければ、お前とこうして酒を酌み交わすことなんて無かったかもしれないんだから」

「…そうかもな」

そう言ってロイは、少し離れた所にいるナマエに視線を移した。あっちでは別の隊員と飲み比べをしているらしく、ぐいーっと一気にジョッキを空けたナマエにギャラリーが沸く。

「次は誰だー!かかってこぉーい」

「スゲェ!よおしナマエ、このまま20人抜きだ!行け!」

ロイの送別会だと言うのに、主役を無視して大盛り上がりしている様子を見てマルコが苦笑を漏らした。


「あいつ、変なやつだよなー」

しみじみと呟いたロイの言葉に、ついぶはっと吹き出す。

「下っ端海兵にやられたと思ったら黄猿に一矢報いたりして。……俺1対1で戦ったらナマエに勝てる自信あるけど、自分が黄猿から逃げ切れるとは思えないんだよなあ」

「………」

「なんかさ、俺『強いと思うやつを一人挙げろ』って言われたら迷わずナマエを思い出す気がするんだ。なんでかな。オヤジや隊長たちはもちろんだし、マルコやサッチの方が懸賞金だって高いのにな」


答えを求めているわけではないのであろうロイの疑問に、俺はただ笑って同調した。

確かにナマエは決して強くない。1対1の訓練であれば俺もナマエに勝てるだろうし、それはサッチもジョズも同じだろう。弱いわけではないが多くの仲間の中で技術的に抜きん出て目立つ何かがあるわけでもなく、賞金首になったのも現状残っている同期の中では一番遅かった。

だが、彼の言う「強いやつと言われるとナマエを思い浮かべる」という言葉はとてもよく分かる気がした。


あの時暗い牢に繋がれながら、俺は助けに来るのは絶対ナマエであると欠片ほども疑うことなく確信していた。隊長やオヤジが率先して乗り込んでくるのが普通であるあの状況で、それでも来るのはナマエ以外ない気がしたのだ。手酷くやられても、ナマエの立ち向かう姿はひどく俺を安心させた。

結果ナマエはボロボロの状態で数日間昏睡状態だったし、ドクターからも「覚悟はしておけ」と宣告されるほどでもあったのだが。


海賊に頭割られたり海兵に腹ぶち抜かれたりと、とてもじゃないが強いと称されるには疑問がある状態を何度も見ているのに。それなのに、ナマエには自分にはない何かを持っているように思えてならない。


ちらりと視線を移すと、飲み比べはさらにエキサイトしていた。

「っしゃー!21人目!」

「ナマエ圧勝だな!」

「はっはっは、今日の俺は無敵だ!誰が来ても負ける気がしねェ!」

高々と掲げた空のジョッキがするりとナマエの手から滑り落ちる。ガコンという音が甲板に響き、ナマエが「あれっ」と呟いたのが聞こえた。

「なんだあ?もうかなり来てんじゃねェのか?」

「違ェーよ、これはあれだ。………アレだ」

「頭も回ってねェじゃねーか」

「実はかなり酔ってんなお前!」

わははと周りで笑いが起き、ナマエも同じように笑う。

「仕方ねーなー、ここで退散しといてやるよ!はっはっは、俺を倒しても第二第三のナマエが出てくるからな!」

「勝ち逃げのお前がなんで捨て台詞吐いてんだよ!」


向こうの輪から外れて、ナマエが俺の所へと走り寄る。足取りはしっかりしているし、酔ってるようには見えない。でもにこにこと笑って上機嫌だ。

「マルコー、俺そろそろ寝るよ」

「ずいぶん早いねい」

「んー。まだ本調子じゃないからなあ。ちょっとはしゃいだら疲れた」

ナマエは視線をロイに移すと、にかっと笑って祝いの言葉を告げた。

「ロイ、おめでとう。船降りても頑張れよ。また戻ってこいよな。子供がでかくなったらそいつも一緒に航海できるといいな!」

「ああ。ありがとう。お前もな」

ロイと言葉を交わし、ナマエは自室へと戻って行った。


「あいつが酔うなんて珍しいな」

「ついこないだまで臥せってたのに、いきなり飛ばすからだよい。本当は飲酒だってドクターに止められてんだ」

自分がまだ重症患者だって自覚ねェんだ、あのアホ。

歩きながら少しふらついたナマエが、壁に頭をぶつけているのが見え俺は笑みを溢した。





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