忘れもしない十年前のあの日、海はすごく荒れていた。 それだけでも大変だったのに、船が転覆しないよう動き回るのに精一杯だった俺たちの前に海賊船が迫ってきていた。 荒れ狂う波に飲まれそうなのはあちらも同じだったのだが、敵さんはそれを好機であると取ったらしい。 自分等の船を半ば捨てる覚悟で、モビーディックに乗り込んできた。
俺はライフルを片手に見張り台から敵に狙いをつけては乗り込む海賊を撃ち落としていた。 多少視界は悪かったが、今以上の悪条件下で戦ったこともあり、そこまで苦戦するとは思っていなかった。 様子がおかしいことに気づいたのは、敵海賊をすべて撃ち落とし、あとは乗り込んだやつらを片付ければおしまい、という頃だった。 マルコの姿が見えないのだ。 1番隊所属のマルコは必ず先陣を切って、敵陣形を撹乱する役目を担う。 マルコの能力を最大限に生かし、敵の戦意を早い段階で喪失させるのが目的だ。 しかし、あのどこにいても見落とすはずのない青い翼を、今日に限って一度も目にしていなかった。
急に嫌な予感に襲われ、俺は慌てて見張り台から飛び降りる。 マルコに何かあったのでは、そればかりが頭を過り、俺は他の可能性を全く考えていなかった。 マルコが、自身が怪我をする以上に、闘うことができなくなった最大の理由。 船首へと走り、人だかりを分け入るように体を進める。 甲板に流れ出た血の量は絶望的で、皆涙を流して、今ここで起きてしまったことを嘆いていた。 その中心で静かに亡骸を胸に放心しているマルコを目にし、俺はあぁ、そうか、と気づいてしまった。 俺の想いは、今後きっとどこにも行けないままになるのだろう。
※
夜になり、数人の見張りを残してモビーディック号は眠りに付く。 そんな中一人甲板に出るマルコの姿。 片手には海賊船には似つかわしくない高価なウィスキー。 その蓋を開けたマルコは、瓶を逆さにすると惜しみ無くウィスキーを海へ注いだ。 それは、かつて1番隊で隊長を勤めていたある人物への捧げ物だ。
マルコの前任だったその人は、当時下っ派だった俺ら全員の憧れだった。 誰よりも強く、誰よりもオヤジを支え、そして最後は、愛する人を護って逝った。 彼の一生はそれはきっと、充実したものだっただろうと俺は思う。 俺が欲しいもの全てを手に入れて、そして二度と誰の手にも渡らないようにしてしまった。 そしてそれは十年経った今でも変わらない。
俺はちょっとだけあの人が憎らしい。 そして嫌悪するのだ、そういう風にしか憧れてた隊長を思い出してあげられない自分の事を。
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