「当たり前だろうよい。海軍は可能な限り危険を犯したくないだろうからねい」 「ええ?」 理解不能だ、とエースが首を捻った。
いくらナマエが海軍でそこそこな立場の人間だったとしても、白ひげと事を構えることによって被る被害を考えると、とてもそれを越える価値は無いと判断されるだろう。そういう切り捨て方は海軍の特徴だ、とマルコは思う。その考え方自体嫌いではないが。 実際問題、海軍としてはナマエは死んでくれていた方がありがたいのだろう。一切口を割らずに、部下を守って殉職した英雄として扱えば対外的にも美談として受け取られる。 一番困るのは寝返っている場合だ。海軍に席を置いたまま海賊に寝返るなど海軍としてはあってはならないことだろうし、もしそうなっていることが明らかになった時は即座に裏切り者と判断され、ナマエの首に賞金がかかるだろうことも予想がつく。
マルコが期待しているのはこれだった。そうなってしまえばナマエ本人の意思は関係なくもう軍には戻れない。戻ったところで降格以上の処罰が待っている。
「つまり身内から捨てられたの、ナマエは」 身も蓋もないエースの言い方にマルコは苦笑した。 「ま、そういうことだよい」 「へえ。可哀想になあ」 その状況を作り出したのは自分とは言え、まあ確かに気の毒だな、とマルコはエースの言葉に同意した。
ナマエを連れてきたのは衝動的だった。ナマエに言った「なんとなく手元に置いておきたくなった」は、それ以上も以下もないマルコの本心だった。 なんとなく、なのだ。最初は敵にしれっと相談してくる図太い神経の持ち主に興味が沸き、部下の命を優先する考え方に好感が沸き、ついでに中将を失脚させたいなんて海軍らしからぬ提案までされ。 なんとなくあのまま離れるのは惜しい気がしてなんとなく捕虜になる案を提案したら乗ってきたもんだから、なんとなく今仲間に引き入れようとしている。 あのやり取りの中でどれか一つでもナマエが拒否すれば、それ以上何かが発展することは無かっただろう。交渉が決裂すれば、自分が無事モビーに戻るためにあの船を徹底的に潰すことに躊躇は無かった。 だが、ナマエは何一つ否定しなかった。利害が一致したから、とこれ以上ないくらいの分かりやすい理由を元に海賊であるマルコの提案にあっさりと乗ってきたのだ。 結果とても楽に騙せることにはなったから、浅はかなやつだという他ないのだが。
「俺はてっきり、ナマエは助けが来る当てがあるからあんなに余裕こいてんだと思った」 「……え?」 ポツリと呟いたエースの言葉に、急激に現実に引き戻される。 「だってさあ、いくら俺らが敵視してないからって、普通敵船に捕らえられてんのにあんな風に飄々としてられると思うか?無理だろ。俺があいつの立場だったとしてもさすがにちょっと怖いなって思うもん。だから俺、ナマエは自分の仲間がいつ助けに来るのかを知ってるんだと思ってた」 「あー、海軍同士の何か約束事みたいな。非常時の暗号的なものでやり取りしててな」 確かにそういうのありそうだな、とサッチが頷く。 「そう、そういうの!実はもう連絡取れてるのかなーとか!もしくは、連絡が取れてるわけじゃないけどナマエが絶対的な信頼をおいてる誰かが来てくれるって信じてるとか。海軍にいる恋人とかな!そいつが助けに来るの、待ってたりして」 「………」
自身の周りの空気が数度下がったことをサッチは即座に感知した。原因は右隣にいる我らが長男の男で、そうなった原因となった発言をかました末っ子である弟はその変化に気づかず未だベラベラと喋り続けている。 エースを止めるべきか一瞬迷った。しかし結果サッチは止めないことを選択した。その方が面白くなるんじゃないか、と思ったためだ。しかし。
「へえ……それは考えてなかったよい………」 マルコがそう呟き瞳が怪しく光ったのを見た瞬間、サッチは自分の選択が誤りだったことを知った。ちょっと面白くなるかも程度では済まないかもしれない可能性を即座に察知し、ナマエに詫びた。心の中でのそれが本人に届くわけはなかったのだが。
「ナマエー!!」 甲板に響くような大きな声でマルコが発した声に、ビクッと肩を震わせナマエが振り返る。少し辺りを見回した後声の発信源を見つけたナマエは、不機嫌そうな顔を崩すことなく近づいて来た。 「なんだよ、不死鳥」 「お前ちょっと地下牢入ってろよい」 「は?なんで……」 ナマエの言葉を遮るように船全体に大きく響く警鐘が鳴らされた。
「敵船のお出ましだよい」
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