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昔のことを思い出していた。この船があまりに居心地がいいから忘れていた、遠い遠い昔の事。


血の繋がった実の親は、幼い俺をいらない物とした。妊娠自体が望まれてなかったのか、産まれた俺が望むものではなかったのか。どちらにしても親になったことのない俺には、自分の子を捨てる親の事情も気持ちも分からない。

子供の身では生きていける手段など限られている。それが悪いことであるかどうかなど関係なかった。寒さを凌ぐことと、空腹が満たされることだけがあの時の俺の生きる目的だった。


それでもそんな生活が苦しくて、明るい場所で大人の庇護下にいる同じような年齢の子供が羨ましくて。温もりが欲しくて幾度となく手を伸ばして助けを求めた。

汚い何もできない子供の手など、誰が取ってくれるというのだろう。服にすがり付いた手を、伸ばした助けを請う腕を何度も振り払われた。何度も何度も、もう期待するだけ無駄なのだと思い知るほど、何度も。


オヤジが初めてだったのだ。俺の声を聞いて、手を差しのべてくれたのは。俺を拒否することなく受け入れてくれた。人らしい生活と居場所をくれた。兄をくれて、弟をくれた。だから俺は、オヤジが大切にしている家族を守りたいと思う。それがあの日拾われた俺の役割だと思うから。


数日前エースに腕を弾かれた時、フラッシュバックのようにあの頃のことが甦った。もう何十年と経つというのに、未だ俺の根底に巣作っている幼少期の事。

悲しかった。ああ、自分は今でも誰かにとっての「そういう対象」なのか、と思い知らされた。受け入れて欲しいと望む相手に受け入れられない事実はいつだって辛い。


甲板に寝転がり頭上を飛び交うカモメを眺めていると、ふと自分の上に影落ちる。

「なんだよい、シケた面して」

「んあ、マルコか」

「珍しいな、タバコ吸ってるなんてよい」

「…んー」

「なんかあったんだろ」

尋ねる口調ではなく断言したその言い方に、俺は「こういう時家族はちょっと厄介だな」と思う。ちょっとした変化もすぐに見破られてしまい、隠し事なんかできやしない。

「何にもねェよ」

ぷか、と煙を輪っかにして吐き出す。空に向かって輪は広がりやがて消えた。


「エースは俺を兄と思ったことはないんだと。それだけだよ」


エースを探しに町へ降りたのは失敗だった。サッチの姿を見つけて一緒にいるエースの姿も目に入って、声をかけようと近づいた瞬間聞こえた言葉。気配を消す術を知っていることをこの時ほどありがたいと思ったことはない。


自虐的に聞こえてしまっただろうか。なるべく感情を入れずに事実のみを告げたつもりだったが、マルコは少し動揺した様子だった。何か言いたげに口を開きかけたが、何も言うこと無く隣に座り込んで「そうかよい」とだけ答える。俺にも一本くれよい、と言われ、ポケットからケースを取り出し手渡した。


「マルコの目から見て、船の雰囲気がヤバイなって判断した時は言ってくれな」

「……?どういう意味だよい?」

家族とはいえここまで大人数集まっていれば、そりゃあ一人や二人馬の合わないやつは出てくるだろう。特にエースはまだ若いし、そんな相手との上手い付き合い方などまだ知らないのかもしれない。隊長なんてものを任された以上、船のほとんどのやつらと何かしら関わらなくてはいけなくなる。それこそ相手が隊長であろうがなかろうが関係なく。エースがどんなに苦手だと思っている相手だったとしても、避けるわけにはいかないのだ。

俺とエースがギクシャクしていたら、何かしらの形で船全体に悪い影響を及ぼすかもしれない。エースは今やこの船の要の一人だ。エースよりは俺の方がそういう意味ではフットワークは軽い。


「そん時はスクアードん所にでも行くよ。あっちは古い知り合いが多いし、事情を話せば受け入れてくれるだろ。エースを他所にやるわけにはいかないしな」

「………」

「愛するオヤジから離れるのは嫌だけど」

冗談めかしてそう言うと、マルコが俺の頭を軽く叩いて「アホ」と言った。





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あきゅろす。
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