恋愛観念論


柊と弥生が一応でも何でも恋人というものになって1ヶ月が経った。

最初は例の空き教室で昼食を取っていたのだが、バイクで事故って入院していたらしい弥生の(自称)友人が現れ、みんなで屋上で食べることになった。
教室で浮いていた柊も、弥生の告白事件から前とは別の意味で注目を集め、何だかんだで友人が1人出来たようだった。

今柊は弥生の腕の中にいた。
胡座を掻いた弥生の足の上に座っているのだ。

今では見慣れた光景であるが、4人で食べ始めた最初の頃は柊も恥ずかしがっており、弥生の(自称)友人の岬 海斗(ミサキ カイト)と柊の友人、朝岡 貴裕(アサオカ タカヒロ)は目を丸くしていた。


「今日はどうだった」
「んー…特に変わらないかなぁ。あ、そういえば貴裕効果かちょっと話しかけてくれた人がいた」
「俺は関係ねえよ。前のお前近寄るなオーラ出してて話し掛けにくかったけど、最近オーラが優しいから話し掛け易いんだろ。みんながみんなお前をウザイと思ってたわけじゃねぇし」


恒例になっている弥生の、柊の身辺調査で柊の私生活に変化が現れてきていた。
貴裕はもちろん、柊をパシったりしていなかったメンバーは基本、根が良い奴で今まで柊をパシリに使って奴らの牽制がない今少しずつ柊との交流をはかっていた。


「……そうか。良かったな」
「柊くん?学校外でも怪しい奴見掛けたら僕か弥生か貴裕君に言うんだよ!?」
「分かってますって」
「だって柊くんすぐ忘れちゃうんだもん」

柊は忘れっぽい質だった。
実は最近柊の周りで数人怪しい人物がウロウロしていて、柊本人も目撃していたが海斗の忠告もすっかり忘れ、自分がそんな人物を見たということ自体すら忘れていた。


「あ、チャイム鳴っちゃった。行こ、貴裕」


柊が出て行った瞬間、和やかだった雰囲気が張り詰めたものになった。


「……あいつ等、そろそろだよね」
「ああ。……柊は、俺が守る」
「…………」


海斗は隣にいる男に気付かれないように横目で男を見た。


(変わったよなァ……くそう。バイクなんかで事故らなきゃよかった)


内心は面白くて仕方ない。


(柊くんも面白いし……)


今日は弥生の族の集会があった。
貴裕に柊を家の近くまで送らせていたが今日は柊が何を思ったのか、貴裕と別れた後ぐるりと方向転換をし、街の方へ向かっていった。

案の定、柊は海斗に言われたことをすっかり忘れていた。


「……瀬戸 柊くんだよね?」


目の前に不良が現れ、柊を名指しで呼んだ。明らか柊狙いの犯行。


「いえ、人違いです、」


そんな冗談(?)通じるわけもなく、後ろにいたらしい不良の仲間に殴られ柊は気を失ってしまった。



*****




「――…と…、つが…」
「……い。た…です」


話し声に意識が覚醒した。
痛む頭を押さえ、周りを見渡すとどうやら倉庫のようだった。
弥生に連れて行かれたところと少し似ている。


「――あれ、起きた?ごめんねー、あいつ結構強く殴っちゃったみたいで」
「あー…どうりで。随分頭が痛いと思った」
「それにしても君爆睡だったよー。疲れてたの?涎まで垂らして」
「あ」


そこでやっと自分が涎を垂らしていたことに気付いた柊。
相手はクスクスと笑っている。

口元を袖で拭っている様子をと相手がじ、と見ていることに気付いた。


「……何ですか?」
「柊くんさー、何でアソコの学校に入ったの?」
「あー…校長の壺を割ってしまい校長の逆鱗に触れました」
「……ははは!面白いね柊くん。……僕の名前は坂上齊(サカガミ イツキ)」


聞かれたことに答えを返すと、齊と名乗った男は笑い出した。
“不良”のイメージにいまいち該当しない齊に柊は苦笑する。


「……俺に何の用ですか」
「ちょっとね。……正確にいえば君に用はないよ。君は所謂人質かな」
「……俺なんか人質にとって誰を呼び出すつもりです?俺なんか人質にしても誰も来ませんよ」
「そんなことないよ。あいつは必ず来る」「あいつ……?」
「三木だよ。君の恋人だろう?」


柊の体がピクリと反応した。
最近柊は弥生の話題になると無意識に反応するようになっていた。
本人は全く気づいていない。


「いくら三木でも君がこっちにいるなら迂闊に手はだせないよね。君はあいつの唯一の弱点だもん」
「弥生先輩に何、する気ですか」


自分で思っていたより低い声がでた。
声が震える。


「ちょっと痛い目にあってもらうだけ。安心しなよ、殺しはしないから」
「先輩を傷付ける…?何言ってんの?」
「……は?何、怒った?はは、君に何ができるっての?三木はお前の所為で殴られるんだよ!」


齊のその言葉で柊の中で何かがプツンと切れる音がした。
柊は齊に掴みかかった。

「総長!!」


周りにいた不良たちが柊の動きに気付いて柊を殴った。
その衝動で柊の眼鏡が吹っ飛んだ。


「てめぇ、総長に何しやがる」
「何しやがるはこっちの台詞だッ!」


いつもと様子が違う柊。
面倒臭そうな半眼ではなくしっかりと目を見開いている。
いつもの穏やかな声も見たことがないほど荒げていた。


「君は大人しくあいつが殴られるのを見てればいいんだよ!」
「弥生先輩を殴る?そんな事、俺がさせるわけないでしょう」


柊はそう言うなり、柊を殴った不良に殴りかかった。
殴られた不良は予想以上に吹っ飛んだ。
周りが驚いている内に次々と殴っていく。
あっという間にその場にいた不良の半分以上は倒れ、柊は返り血に染まっていた。


「弥生先輩はいつ頃来るんです?」


齊をチラ、と見ながら前髪をかきあげると、長ったらしかった前髪の下からは整った顔が現れた。
周りからは感歎の声が漏れる。


「お、前…まさか…」
「答えて下さい」
「……もうそろそろだけど」
「そうですか、」


柊は傍に落ちていた吹き飛ばされてヒビが入ってしまった眼鏡を拾い上げ、ポケットにしまった。


「だったら、早く残りも片付けないといけませんね」


齊の胸倉を掴み殴ろうとするとはっとした周りの不良達が一斉に柊に襲い掛かってくる。しかし柊はひらりと攻撃をかわすと次々と不良たちを殴り倒していった。


「嘘、だろ…?」
「残りはあなただけですよ?」
「お前は……《  》「柊!!」」


齊が何かを言おうと口を開いた瞬間、倉庫の扉がガンッと壊れ、弥生たちが現れた。

「大丈夫か!?柊!!……柊?」


近付いてきた弥生は返り血で真っ赤に染まっている柊と、倒れている不良に気付いた。


「……柊」
「何ですか?」
「大丈夫か?怪我は?」
「大丈夫です」
「これ全部、柊がやったのか」
「ええ」


弥生は少しだけ戸惑いを見せながらも、まるで全てが分かっているかのごとく、落ち着いて柊と向かいあった。
柊の顔については何も言わなかった。


「柊……お前が《junk》だったのか」


弥生がその名を口にすると、周りはざわめいた。

“《junk》”1年前、最強だった者につけられた名前。
彼は、突然消えたのだった。

「弥生先輩は…俺が《junk》だと知って幻滅しましたか。嫌いになりましたか」
「そんなわけないだろう」
「先輩……俺、弥生先輩が好きです」
「……俺も好きだ」


血に濡れた柊の冷たかった瞳は一瞬にして元に戻った。
結局、柊は自分の気持ちを自覚して、今まで以上に、更にラブラブになっただけだった。













弥生の部下やクラスメイトは柊の素顔に驚いたが柊が元不良ということがわかり、前より話しかけてくるようになった。
むしろあの伝説の不良だ、と尊敬の眼差しで見られたりもする。


「いやー、それにしても柊くんがあの《junk》だったとはね。しかもそんな一級品の顔を隠しもっていたなんて」
「別に隠してなんかいないですし、大したもんじゃないですよ」
「つーか海斗先輩気付いてなかったんですか?」
「え?」
「柊の顔」


きょとんとする貴裕に海斗が驚く。
柊は弥生の腕の中でどうでも良さげにパクパクと昼食をとっていた。


「貴裕は気付いてたっていうのー!?」
「え?はい普通に」
「ムカチーン(゜∇゜)」
「えぇぇえ……」


騒ぐ2人(主に1人)を尻目に柊と弥生はラブラブだった。
柊は弥生に「あーん」というものをしていた。











あのあと、齊がどうなったかといえば柊と弥生がいちゃいちゃしている間にいつの間にか居なくなっていた。

今日も彼等は平和である。






――好き過ぎて、どうしようもないんです。




10.02.01


*****
絶対恋愛論の続編。
終われ←




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あきゅろす。
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