絶対恋愛論



――俺ってバカだなァ。


誰に言うわけでも、自分で再確認したわけでもなく、瀬戸 柊(セト ヒイラギ)は無意識に呟いた。
柊は溜息をひとつ吐くと、頬杖をつきながら、横目で周りを見渡した。
分かっていた通り、不良ばかりである。
そして再び溜息を吐いて、視線を窓の外に移した。

そう。
柊の通うこの高校は、県内一の不良高だった。
柊は、傷んでいない綺麗な黒髪に、真面目そうな黒縁のメガネをかけた、何処にでもいる、普通の高校生だ。

そんな彼が何故こんな不良高にいるのかと言えば。
高校受験の際、校長の大事にしていた花瓶をうっかり割ってしまった所為だった。
校長の怒りを買った柊は、普通の高校を受けさせてはもらえなかった。何とも大人気ない校長である。

仕方ないので適当に学校を選んだわけだが、内心、失敗したかな…と思うこの頃。
最初の頃はまだいた自分と似たような普通の生徒は最近めっきり見かけなくなった。耐えきれずに辞めたか。
まあこれじゃあな。


「セトくーん?俺焼そばパンな」
「じゃあ俺はカレーパン!」


昼休みになった途端次々と挙げられる物に柊は一瞬眉をしかめたが、毎日のことなのでダルそうに席を立った。


「15分以内にな」
「…………」


柊はそう言った不良を見すらせず、ただ黙って教室を出て行った。

柊は歩きながら思い出す。
ここに入学して初日。


『は?何コイツ』
『うっわ、真面目くん!』
『うぜー』


教室に入った途端、騒いでいた不良たちは静かになって柊を凝視した後、口々に好き放題言い始めた。
教師の言うことなんか聞きやしないは殴るはで教師側も怖くて手を出せないでいる。
思えば入学式も酷いもんだった。
些細なことで乱闘騒ぎ。
しかもそこに教師の1人が混じっていたのだ。
返り血で白いスーツが真っ赤に染まっていた担任。
見目はまるでホストのようだった。

そう思っていると、丁度向こうから歩いてくるのが見えた。


「よォ、柊。またパシられてんのか?」
「……まあ」
「お前なぁ、少しは反抗したらどうなんだ」
「嫌ですよ。めんどくさい。俺は平和主義なんです。これだけで済むなら良い方じゃないですか?」
「……お前、全然ビビらないよな」


呆れ顔の担任に、少しムッとしながらも適当に答えた。


「だって、馬鹿みたいだし」


その回答に担任は目を見張った。まさか、この普通な奴があいつらをそんな風に思っていただなんて。

柊がどこか変わっていることは知っていた。
担任でもあるし、何気に心配はしていたのだ。
(一般人が入って来やがって、めんどくせぇ。が本音)
しかしその心配は無用だったようだ。


「言うなお前も」
「言っておきますが、先生」


柊の強い瞳にじと、と見られ担任は反射的にビクリとした。
入学式に生徒を容赦なく殴った担任が。


「貴方も、入学式、乱闘してましたよね」「……知ってたのか」
「ええ。真っ白のスーツを真っ赤に染めているのを見ました。それじゃあ、貴方もあいつ等と同じですよ。……まあ、ここには貴方みたいな人が1人くらいいてくれないと困るんでしょうがね」
「……気をつける」


柊は猫を被った笑顔で担任に微笑むとスタスタと去っていった。

だから担任が「あいつは、本当……」と頭を抱えて顔を真っ赤にしていることには気付かなかった。



担任と会ったことにより、大分時間を過ぎてしまってから教室に戻った。


「遅せぇ」
「スミマセン」
「チッ」


舌打ちをした不良と、担任に一瞬殺意が芽生えたがすぐに打ち消した。
この程度でイラついていたら身が持たない。
不良が殴ってこないのを確認して、柊は教室を出、そしていつもの空き教室へと足を運んだ。


「弥生先輩」
「……柊」
「こんにちは」


昼休みに来ると2回に1回くらいはいる謎の先輩だった。
彼の見た目も不良ではあったが、クラスの奴らのような馬鹿っぽい感じはせず、とても優しかった。

名前は三木 弥生(ミキ ヤヨイ)。
しかしそれ以外のことは何も教えてくれなかった。
柊と弥生は何度かここで話すようになって、今では名前で呼び合う仲にまでなっていた。


「そういえば……前から思ってたんだが、大丈夫なのか?」
「え?」
「……クラスで。殴られたりしてないか」
「あぁ……全然大丈夫です。まだ殴られたことは一度もありません。まあパシられてますけど」


柊がはは、と軽く笑えば弥生は怪訝そうに眉を顰めた。


「……平気か」


大丈夫も平気もこの場合は同じ意味だろう。弥生の心配は柊にきちんと伝わったのか、柊はクスクスと笑っている。


「何かあったら言え」
「……!ありがとうございます」
「いや……」


俺が心配なんだ、と柊の頭をわしゃわしゃと撫でる弥生に柊はなんだか照れくさくなった。



*****


それから数日後、柊はイライラしていた。
今日はどうも朝から機嫌が良くなかった。
それなのに周りの馬鹿共は五月蠅い。


「セトくん。俺今日は……って何だよその目は!」


イラついていたせいかつい柊は不良を睨んでしまった。それに気付いた不良が突っかかってきた。


「反抗しようっつうのかよ?」
「…………」
「殴られてぇのか!!」
「――うるせぇな」
「ああ゛!?」
「ウルサイっつったんだよ馬鹿が。いちいち叫ぶな」
「テメェ…!」


怒りで真っ赤になった不良がいきなり殴りかかってきた。柊は後ろに飛ばされた。


「死にてえみたいだな?」


他の不良もニヤニヤと殴られた柊に近付いてくる。


「お前目障りだったんだよな〜」
「丁度いいパシリだったから殴んないでいてやったのに」


リンチ決定!とクラスみんなで騒ぎ出し、床に座り込んでいた柊の胸倉を掴み、持ち上げ、拳がふり上げられた。


「歯ァ食いしばれ――…誰だよ」


殴られると思っていた柊は現状に困惑する。
ふり上げられた拳は、何者かによって不良の後ろから止められたのである。

「集団暴力、か」
「あ゛?誰だよテメェは」


柊の胸倉を掴んでいた手を離して不良が後ろを振り返ると、その瞬間、不良の顔が真っ青になった。
柊もチラリと見た。


「――弥生先輩」
「大丈夫か、柊」
「ハイ」


弥生だった。
弥生は柊を見ると先程までの怖い表情を柔らかくした。
周りからは不良たちの戸惑いが伝わってくる。


「お前等、今何をしていた」
「み、三木さん……!なんで、」
「柊は俺の大事な奴だ。どういう事か分かるか」
「は、ハイ!スンマセンっしたァ!!」


どうやら不良は弥生のことを知っていたようで、弥生に睨まれ柊に勢い良く頭を下げてきた。
柊にはワケが分からなかった。


「どうする、柊」
「え?え〜っと。いいですよ、別に。まだ一発だったし」


よく判らないまま適当に答えると、弥生は柊の頭をわしゃわしゃと撫でた。
そして不良たちを振り返った。


「……お前等、柊に手ぇ出したらブッ殺す」
「「「ハイ!!」」」


柊は目を点にした。
あの反抗期真っ最中の彼等が、素直に言うことを聞くとは。
まさに青天の霹靂である。


「弥生、先輩……?」
「どうした」
「あの、先輩って何者なんですか?」
「俺は……【heaven】の総長だ」
「ヘヴン?総長ってことは族か何かですか」
「ああ。柊……俺が、怖いか?」
「?何故ですか」


柊には弥生がそんなことを聞いてくる理由が分からなからず、首を傾げた。


「弥生先輩は弥生先輩でしょう」
「……そうか」
「はい!」


どことなく嬉しそうな弥生に柊は元気よく返事をする。
先程までのイライラは何処かへと消え去っていた。


「柊」


目を逸らさずに自分の名前を呼んでくる弥生に柊もしっかり目を合わせる。


「柊」
「はい」
「好きだ」
「はい……え?」
「好きだ、柊。俺と付き合ってくれ」


いきなりの告白に固まってしまう柊。
しかも公衆の面前でだ。
そんな柊をチャンスとばかりに弥生は抱き込んだ。
それに柊は覚醒した。


「せせせ、先輩!?」
「返事は」
「あの、その、ちょっとだけ、考える時間をくれませんか」
「分かった。一週間待つ」
「ああいえ、そんなにいりません。一時間だけ、」
「…………分かった」
「ありがとうございます」


弥生が教室を出て行ったが、誰一人として柊に話し掛けてくる人間はいなかった。
その後の授業も心なしかいつもよりは静かだった。

柊は頬杖をついて窓の外を見ていた。





放課後になると再び弥生が教室に訪れ、屋上まで連れられた。
柊的にも都合は良かった。
あんな人がたくさんいる前では言うに言えない。


「……俺は先輩が好きかと聞かれたら、好きです。」
「…………」
「でもそれが恋愛感情かどうかは解りません。……それでも、いいのなら」
「そうか。……今はそれでいい。俺か惚れさせてやる」
「……はい!」


柊は気付いていなかったがそう返事した時の表情は嬉しそうだった。



それはもう“恋”だ。



10.01.17



*****
不良×普通(?)。
これは続く。






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