空中飛行


今が楽しいか楽しくないかと聞かれれば、楽しいと答えるだろう。
もしかしたらその時の気分次第で楽しくないと答えるかもしれない。

……何にせよ、楽しい・楽しくないは俺からしてみれば差した問題ではないのだ。

しかし、今俺の置かれている状況からしてみれば、楽しいとかの以前に一刻も早くこの状況から抜け出したかった。


「テメェ…いい加減にしろよ」


いくら他人の言葉をー――見えない振り、聞こえない振りとかのレベルじゃない、最早存在自体を認識しない程に総スルー出来るスキルを持っている俺であっても、現状はよろしくなかった。

いくらそんなスキルを持っていようとも、俺は、言わばただの人間であり目を見えるし、耳も聞こえている。


「何が目的かは知りませんが、」
「もううーちゃんに付きまとうのは止めてよね!」
「あいつを利用して俺らに近付こうなんて魂胆、見え見えなんだよ」


相手が1,2人程度ならば何も問題はなかったのだ。
あんな大人数でこうも毎日、ギャンギャンと目の前でうろちょろされるといい迷惑どころか、本格的に遠慮したい程だった。
大体、そもそもの原因にして、一番煩いのがコイツだ。


「なあ、何読んでんだ?面白いのか?それ」
「…………」


その質問に答えるのだとしたら、俺は“面白い”と答えるが、そう答えたところでどうなる訳でもない。


「なぁってば!三日月!」


高玉 憂(タカタマ ウレイ)
それがこの目の前で騒いでいる男の名前だった。
高校1年の5月、2週間前に転校して来た、時期外れの転入生。
4月から普通に入学しなかった云々を含め、見た目からして何か訳ありなのだろうと云うことがわかった。

――世間一般でいう、“オタク”と呼ばれる格好をしていた転入生は、転校してきて僅か1週間の間にこの学園の有名所をほぼコンプリートしたのだった。

ほぼ、というのはこの学園はあまりにも大きいからだ。有名所はまだ居るだろう。
ついでに言うとここは男子校だ。
しかも全寮制というおまけ付きである。

しかし、転入生は何を考えているのかやたら俺に話しかけてくる。


「三日月は本が好きなんだな!!」


そんな笑顔で聞かれても。
そりゃあ本はお前の何倍、ここでは超人気の生徒会様々の数十倍、数百倍好きだ。
と言うか、名前呼びを許した覚えはない。
と、前に聞かれてそう思ったことは言ったりせず、ああとだけ言っておいた。
つーか俺が本が好きだって知ってるなら読書中に話しかけてくるな。


来住 三日月(キシ ミカヅキ)
俺の名前だった。
何、三日月なんて大層な名前付けてくれちゃってんだとか思わない訳でもないが、まあ別に問題はない。


…話を戻すと、その見事に生徒会を始めとする人気者たちのハートを射抜いた転入生、高玉は俺の同室者だった。
俺のどこがいいのか知らないが面倒なことに懐かれてしまった様なのだ。

生徒会が生徒会に誘っても、「三日月が一緒なら」どこへ行こうと誘っても「三日月も」と俺を巻き込みたがる。

そんな生徒会は俺を睨んでくるし。
俺を睨むのはとんだお門違いだろうが。

本来、生徒会は優秀な生徒の集まりな筈がいつの間にか顔と家柄がいいだけの集まりになっている。
だけというのは言い過ぎだろうが、能力のある奴が、その能力を有効利用しないのは才能の無駄というか。
嘆かわしい限りである。


「高玉、悪いんだけど読書に集中したいんだ」
「あ、そっか…!!ごめんな!」
「君、憂が話し掛けてあげてるのにそんな本を読みたいなんてどういうことなの?」


……我が儘な人だな。
話たら話したで勝手な嫉妬で睨んでくるくせに。


「すみません。返却日が近いもので」
「ふん。その程度の本も満足に読めないなんて、これだから低能は」


その程度?これがなんの本だかもしらないくせに。
この本結構前から探してたのにどこにも売ってなくてこの学園の図書館で見つけた時マジでビックリしたんだからな!
しかもこれ医学書だっつの。

…何でここの図書館に置いてあったのかは結構な謎だが。


「とにかく、もう少しで読み終わるから先に食堂に行っててくれる?俺も後から行くから」
「…わかった!」
「……来なくていいからね」


去り際に俺にだけ聞こえるように呟いて行った副会長。言われなくても元々行く気はなかったよ。


「大丈夫かあ?三日月」
「狭霧……」


クラスメート兼親友の掛 狭霧(カケ サギリ)が彼らが去ったのを見て話し掛けてきた。
クラスメートには迷惑を掛けたくないから話しかけるなと言ってあるのだった。


「…しっかし大変だよな。一体何なんだ、あの転入生」
「狭霧。俺は大丈夫だから」
「三日月……ムリはすんなよ。何かあったら遠慮なく言え」


いつの間にかわらわらと集まって来ていたクラスメイトが狭霧の言葉に頷き、労りの言葉をかけてくれた。


「狭霧、みんな。ありがとう」

このクラスの人間は当人を除く全員が高玉にいい感情を抱いていないことは確かだろう。
しかしそんなことが生徒会にバレるとみんなに迷惑がかかってしまう。
生徒会に目を付けられるかもしれない。
みんなに迷惑をかけることだけはしてはいけない。
それに例のスキルのおかげでまだマシだ。

「じゃあ。俺は図書館に行ってくる」
「気をつけろよ」


高玉たちがいつ帰ってきても良いように、高玉たちがこないような場所。静かに本を読める場所に移動した。


「こんにちは、」
「あれ、ツキ君。今日はいつもより早いね」


いつものように仕事をしていた司書の椎名(シイナ)さんに挨拶をするといつものような癒される笑顔で返してくれた。その笑顔に安心した。


「もうちょっとで読み終わるから静かな所で読みたくて」
「……そっか」


何かを感じ取ってくれたらしい椎名さんが困ったように笑った。
一、二言会話を交わすと自分の仕事へ戻っていった。
俺は本へ視線を落とした。
やっぱり本は静かな中で読むべきだよなあ。


静かな環境のおかげですぐに読み終わった。本を閉じて顔を上げると、風紀委員長がいた。
しかも何故かガン見されている。

全く気付かなかった。


「随分集中していたな」
「はあ、まあ。風紀委員長は何故ここに?」
「……何を読んでいたんだ?」
「話し聞いてます?高玉の所に行かなくていいんですか?」


目を合わせず話しを逸らすように尋ねてきた風紀委員長を見る目はきっと胡散臭いと語っていただろう。
すると風紀委員長は気まずそうに、苦笑いをすると目を合わせて問い掛けてきた。


「お前は、憂が嫌いか」
「…………そーいう話ですか」
「…………」
「まあそんな所だろうと思ってましたがね。ええ、個人的に高玉は嫌いではありません」


かといって好きとはいえないけれど。
風紀委員長はまだ満足しないのか難しい顔をしていた。


「なら生徒会の連中は好きか」
「…………」


その質問も来るとは思っていた。
だけどその答えは遥か昔に決まっている。


「故意に僕の邪魔をする人間は――大嫌いです」


……と、言うわけなので早くここから出て行ってくれます?

そういうニュアンスを含めて。
神聖な図書館に俺のために入ってくるな。
俺のせいでここが騒がしくなってしまうと思うと、死にたくなる。
言いたいことが伝わったのか風紀委員長は立ち上がると図書館から出て行った。

それから次の本を探していたらつい読みふけってしまい教室に戻った時に高玉に怒られた。
何故。




そういや風紀委員長って高玉取り合い競争に参加してたっけ?
生徒会に混じっていつもいるからそうなのかと思っていたけど、俺、風紀委員長には何も言われたことないな、確か。




……騒がしい人間は苦手だ。




10.01.18


*****
風紀委員長×平凡(中身非凡)
ある意味王道。
どう考えても続くしかない。




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