或る意味勇者で、ただの人間-3



僕は実はお兄さんを尊敬している。だから今日の昼の事は絶対謝らなければ。
しかしお兄さんはいつも帰ってくるのが遅い。
きっと生徒会の仕事が大変なのだろう。


「ただいま……栞?」
「お兄さん、お帰りなさ……い」


あ、やばい。眠い。
いつも早寝してるから癖になってるのかもしれない。……でも、謝らなきゃ。


「今日……すみませんでした」
「…………」
「親衛隊の話、ちょうど聞いたばっかりで、」
「……そうか」
「お兄さん……傷ついた顔するから……」


お兄さんは、もう慣れたんだと思っていた。
薬袋の様に……なんて。
慣れるわけないのに。慣れた振りをしているだけなのに。
薬袋も、お兄さんも。


「お兄さんがそんな顔をするんだったら、もう……あんなこ、と……」
「……栞?」


ああ、お兄さんの心地よい声が遠のいていく。
僕はなんて耐え性がないんだろう。でも。
髪を撫でる暖かくて大きな手がすごく気持ちよかった。






「……やってしまった」


目が覚めたら朝だった。もしかしなくても昨日僕は謝罪の途中で寝てしまった様だ。
しかもベッドに居るという事は運ばせてしまったのか……。重かっただろうに。


「……おはようございます」
「おはよう」
「昨日……話の途中で寝てしまってすいませんでした……それに、運んでもらったみたいで。重かったでしょう?」
「……いや。……栞」
「はい」
「お前は軽過ぎだ。ちゃんと食え」
「…………」
「返事は?」
「…………はい」
「いい子だ」
「…………」


頭を撫でられ微笑まれ、少し胸が高鳴った。
え、何、何でこの人こんなにかっこいいの。


「もう朝食は出来ている。食べるぞ」
「あ、いえ、僕は」
「…………」
「…………あ。いえ、そうしましょうか」


言ってるそばから僕は何を。
今お兄さんと約束したばかりだと言うのに。
僕の頭は鶏以下だな……。


「いただきます」
「……いただきます」


そういえば、お兄さんて行儀もいいし礼儀正しいし、完璧だよな。薬袋の言うとおり、容姿端麗頭脳明晰運動神経抜群、か。
天は三物も与えてしまった。
世の中不平等だ。
世知辛い。
ご飯も食べ終わり、食後のコーヒーをお兄さんが飲んでいると、高夜さんが現れた。


「栞くん、おはよう」
「おはようございます」
「昨日はどうだった?学校の方は」「特には。順調に友達も出来ましたし」
「そうか。それは良かった。……何かあったら高貴に言うんだよ」
「はい。ありがとうございます」


心配してくれていたんだな。高夜さんは本当にいい人だと思っているとにこにことこっちを見られていることに気がついた。


「いやあ、栞くんはほんと可愛いな。高貴なんかもう」
「……あはは」
「余計なお世話。ほら、栞。そろそろ行くぞ」
「あ、はい」


立ち上がって玄関へ向かうお兄さんの後をトテトテと追う。
お兄さんとコンパスの差が大きいため、少し小走りになってしまうのは仕方ない。






「栞っ!おはよう!」
「おはよう」


教室に入った途端、薬袋が僕を見つけ、嬉しそうに挨拶してくる。
はいはい。まるでワンちゃんのようだ。


「1限何?」
「確か英語だったかな。ちなみに担当は馨ちゃん」
「へえ。あの人英語教師だったんだ」


ここにきて特に意外でもない新事実発覚。
結構どうでもいい。
とか思ってると前の席に可愛い子が座った。
何で昨日気付かなかったんだ、僕。

「ねえ」


ぜひともお友達になりたい。
僕実は可愛い子って大好き。


「何?」
「名前なんてーの?」


相手はいきなり話かけられた上に名前を聞かれたことに驚いたのか、一瞬呆けていた。
薬袋が何か言っているがよく聞こえない。


「白川 直(シラカワ スナオ)」
「僕は本郷 栞。よろしくー」


握手を求めれば困惑顔をされた。でも最終的に握り返してくれたのでよしとする。


「直ちゃんて呼んでもい?」
「ちゃんってあんた……まあいいけど」
「ねえ!俺の事無視しないでー!」
「ああ、何。いたの」
「酷い!!て言うか何!俺の時と随分対応違くね!?」
「そんなことないって」
「ある!」


薬袋うるさいなあ。
とかちょっと煩わしく思っていると直ぐそばから笑い声が聞こえた。


「ふふ、あはは。面白いね、本郷」
「栞でいいよ、直ちゃん」
「栞、ね」
「うん」
「白川ばっかりずるい!」


途端、翼が騒ぎだす。うるさい。


「何が」
「何で白川にはそんなにフレンドリーなの!?俺の時と大分違くない!?」
「可愛いから」
「なにそれ!!」
「可愛いは正義だよ」
「じゃあ俺も可愛くなる!」
「きもい」
「ふは、面白いなあ……」


直ちゃんに笑われた。翼の所為だ。
そんな僕の日常。
転校なんて一体どうなる事かと思ったけど意外と普通だったな。
そんなに心配することもなかったか。まあ心配なんてしてなかったけど。


「お前等さっさと席着けー」


馨先生が入って来た。いきなり英語か……眠いなそれは。
まあいいや寝てしまおう。
ノートとかは翼が取るだろう。最悪そんなんもんとんなくたってなんとかなるさ。


「……ぐう」
「栞!寝るな!」


カッツーン。
そんな効果音。つむじに何か飛んできた。
それにしても目敏過ぎるぞ。馨ちゃん。


「いた……」
「痛くねえ。起きろ」
「へーい」


そんなこんなもただの日常。
問題は、お兄さん。翼。親衛隊。
きっと馨先生だって人気だろうし、直ちゃんだってファンはいっぱいいるだろうなあ。面倒臭いなあ。
直ちゃんは可愛いので迷惑とか気にならないけど。


「昨日行けなかったし今日の昼は食堂行こうぜ」
「あーうんいいよ。直ちゃんも行くよね?」
「うん。いいの?」
「もちろん」


僕は直ちゃんと楽しいランチタイムを過ごすはずだったのに。
それが。


「ねえ君なんてーの?」


どうしてこうなった。


「ほ……高槻、です」
「名前は?」
「……栞です」
「ふうん?似合ってるね」
「……ありがとうございます」


誰だこの人。何なんだ。直ちゃんも翼も唖然としてる。
嫌な予感しかしない。前の苗字を名乗ったのは保険。
僕の嫌な予感は結構な確立で当たる。
むしろ当たらなかったことなんかない。


「あなたは……」
「あ、」


その人が何かに気付くと同時に黄色い悲鳴があがった。
その悲鳴は食堂の入口を向いている。


「高貴!」
「…………え?」


まさか。
まさか、お兄さん……。ということは。
最悪。お兄さんをもう避けないことにはしたけど接触するつもりなんてなかった。
それにこの人だって。


「…………」


お兄さんの眼が訝しげに細められる。
そして、お兄さんはそのまま生徒会専用の2階席へと上がって行った。
多分、混乱を避けるためと僕の安全のため。
僕みたいな一般生徒がお兄さんに近付いたらどうなる事か。親衛隊の餌食だ。
ほんとお兄さん様々だ。それに比べてこの人は……まあ愉快犯なのだろうけど。
イライラする。
人の迷惑になる事して何が楽しいの。
僕も人の事言えないと思うけどね。この人ほどではない。
ああもう。本当に。




平穏を奪う奴はみんな敵――








2011.2.23


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相変わらず展開が遅いorz
多分次で進みます。


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あきゅろす。
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