受け継いだ物』(小説)
「Metodo di cottura felice」 4/4
――あれから十年近く経っただろうか。


僕は彼と約半年間ルームシェアをした。


寝食を共にした温和で男前な友人は、随分と渋みを増した“大人の男”になっていた。



「借りはいつか返す。」



その言葉通り、彼は僕が日本に出店するにあたり、充分過ぎる程の出資をしてくれた。


一人ぼっちの、小さなお店。


しかし僕は決して独りじゃあない。


どんなに遠く離れようとも、僕は彼と共にある。


初めて彼と出会ったあの日、彼は僕の作った料理を見て苛立ちを僅かに覗かせた。


僕はすぐに理解できずに、それでもなんとなくわかったのかもしれない。


こんな普通のありふれた食事。


それさえも満足にとれない人々のなんと多いことか。


彼はひたすらに俯きながら、ゆっくりと、噛みしめるように食べていた。


まるで最後の晩餐のように。


次にいつ食べられるかもわからない。


そんな風に、僕には見えたんだ。





――カランカラン…





「チィースッ!」

「よっ!食いに来たぜェ〜」



おや、いらっしゃいませ、億泰さんに仗助さん。



「今日はテストで学校が半日だったんでよォ、頑張った自分たちへのご褒美に来たわけよ!」

「トニオ、俺アイスクリーム買って来たんだ。ストロベリー&チョコチップは俺のイチ押しだからな!俺って気が利くゥ〜!」



それはそれは、お二人ともお疲れ様です。


あぁ、億泰さん。


わざわざすみません、ありがとうございます。


おや、こんなに――それでは後でみんなで頂きましょう。


ドルチェに同席しても?



「もちろんだぜェ、なぁ?」

「そのつもりで買って来たんだよ!実はトニオ、こいつが進路相談をしてェみてェでよォ――」



おぉ、億泰さん!!


シェフになりたいのですか!!?



「お、おぉ。実は俺、自炊してるんだけど、アンタの料理を初めて食った時からなんとなく興味があってよォ。ウマい飯を食うのがこんなに幸せなことだったのかって、感動しちまったんだよ。なんつーか、アレだ、ちょっと恥ずかしいんだけどよォ――」










幸せに、してェじゃん。


みんなをよォ。










――グラッツェ。


あの時、君が流したものと同じものが、僕の頬に一筋流れた。


僕は間違ってなんかいなかった。


背中を押してくれた。


いつも共にあった。


幸せになるきっかけを掴ませてくれた。


――ありがとう、フィレンツェ。



グラッツェ――






...fin

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あきゅろす。
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