――あれから十年近く経っただろうか。
僕は彼と約半年間ルームシェアをした。
寝食を共にした温和で男前な友人は、随分と渋みを増した“大人の男”になっていた。
「借りはいつか返す。」
その言葉通り、彼は僕が日本に出店するにあたり、充分過ぎる程の出資をしてくれた。
一人ぼっちの、小さなお店。
しかし僕は決して独りじゃあない。
どんなに遠く離れようとも、僕は彼と共にある。
初めて彼と出会ったあの日、彼は僕の作った料理を見て苛立ちを僅かに覗かせた。
僕はすぐに理解できずに、それでもなんとなくわかったのかもしれない。
こんな普通のありふれた食事。
それさえも満足にとれない人々のなんと多いことか。
彼はひたすらに俯きながら、ゆっくりと、噛みしめるように食べていた。
まるで最後の晩餐のように。
次にいつ食べられるかもわからない。
そんな風に、僕には見えたんだ。
――カランカラン…
「チィースッ!」
「よっ!食いに来たぜェ〜」
おや、いらっしゃいませ、億泰さんに仗助さん。
「今日はテストで学校が半日だったんでよォ、頑張った自分たちへのご褒美に来たわけよ!」
「トニオ、俺アイスクリーム買って来たんだ。ストロベリー&チョコチップは俺のイチ押しだからな!俺って気が利くゥ〜!」
それはそれは、お二人ともお疲れ様です。
あぁ、億泰さん。
わざわざすみません、ありがとうございます。
おや、こんなに――それでは後でみんなで頂きましょう。
ドルチェに同席しても?
「もちろんだぜェ、なぁ?」
「そのつもりで買って来たんだよ!実はトニオ、こいつが進路相談をしてェみてェでよォ――」
おぉ、億泰さん!!
シェフになりたいのですか!!?
「お、おぉ。実は俺、自炊してるんだけど、アンタの料理を初めて食った時からなんとなく興味があってよォ。ウマい飯を食うのがこんなに幸せなことだったのかって、感動しちまったんだよ。なんつーか、アレだ、ちょっと恥ずかしいんだけどよォ――」
幸せに、してェじゃん。
みんなをよォ。
――グラッツェ。
あの時、君が流したものと同じものが、僕の頬に一筋流れた。
僕は間違ってなんかいなかった。
背中を押してくれた。
いつも共にあった。
幸せになるきっかけを掴ませてくれた。
――ありがとう、フィレンツェ。
グラッツェ――
...fin
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