夢 Birdcage(跡部) あなたが本当は優しいのを私は知っている。かげで努力しているのも。寂しがっていることも。 「なぁなぁ、跡部知っとる?今日俺のクラスに転校してきたみるくちゃん。」 「アン?転校生?」 「あ、あの、忍足くん。先生が呼んでたよ?」 私は人間ではない。鳥だ。いや、鳥だったはずだ。 「お、噂をすればやな。」 「お前が転校生か。」 広い跡部邸が気に入った私は、よく敷地内の木に遊びにきていた。 「初めまして。」 実際は初めましてではないのだ。何回か顔を合わせて会話をしたことがあった。 それは偶然開け放たれた窓にとまった時のこと。 「あ、そうや呼び出しや。ほな、みるくちゃんありがとな。」 「あ痛ッ!」 「わ、すまんボタンに髪絡んどる。」 あなたは私に優しく声をかけてくれた。はばたき疲れた私を撫でてくれた。 「いやー、髪ふわふわやなぁ。羽根触っとるみたい。」 「おいタラシやめろ。転校生が困ってるだろ。」 それだけの事が嬉しくて、私は何度もその窓にとまった。 「それにしても綺麗な色やね。その緑色。」 「あ、ありがとう。でも、突然変異みたいなモノだから。」 そのたびに声をかけてくれるあなた。でもあの日私は確かに死んだのだ。カラスにやられて。 なのに、気付いたら身体は人間になっていて、あなたの学校に転入することになっていて。 「確かに綺麗だな。突然変異だからって気にすることはねぇ。って忍足、呼び出し。」 「あぁ!そうやった、またな!」 いつのまにかこんなことに。信じられない。鳥の私が、今あなたと話している。 「お前、よく家に遊びにきてたインコに似てるな。」 「インコ?」 「ああ、色が。っと、授業が始まる。じゃあな。」 死んだはずの私が、あなたと。鳥で、死んだ私があなたと会えたことはきっと奇跡。それだけで、充分。 だから神様、今すぐ私を元に戻してください。これ以上、好きにさせないでください。つらい別れを、味あわせないでください。 「…恐い。」 元に戻ったらどうなってしまうか、そのことを考えるととても恐いけれど。 こんな奇跡が起きただけでも、幸せだったから。 「で、跡部のヤツな、慌てて振り切って猛ダッシュ!」 「…ふふ、そんな事があったの?」 「おいコラ、何の話だ。」 「あ、跡部。お前がオカマに追い掛けられた時の話や。アレは傑作やったなぁ。」 最近、転校してきた女。席が忍足の隣らしくよく話す。 かなり控え目でいつも三歩も四歩も下がった態度だ。まず俺の周りにいないタイプだ。 「あ、ごめんなさい。」 「何だ?お前が謝るトコじゃねぇよ。」 媚びもせず、いつも寂しそうにして。よく窓際でどこか遠くを見ている。 「でも、忍足くんが。」 「ん?あ、真っ青だ。」 「ゲホッゲホッ死なす気かぁー!」 何故か気になるのだ。あのインコに似ているからかも知れない。馬鹿げているとは思うが、その髪色も、態度も似ている。 そういえば最近あのインコが来なくなった。飼い主でも現われたのだろうか。 「ねぇアンタ、ちょっといいかな?」 夢の時間も、もう終わり。 「アンタさぁ、最近調子にのってない?」 「忍足くんの隣だからっていい気になっちゃって。」 人間は、好きな人の為に何でもしてしまうのか。 「そ、そんなつもりじゃ…!」 「そういえばこの長い髪、忍足くんの制服に絡んでたわね。」 「跡部様も触ってたし。邪魔なのよ。」 「や、やめて!」 私の髪は羽。翼をもがれた鳥は飛べないの。 「もう二度と、跡部様達に近づかないで。」 神様、これは何の罰ですか? 嫌な予感がした。俺の親衛隊がハサミを持って下におりるのを見て。みるくが屋上に呼ばれたのを見たと言うヤツが居て。 「まさか、そこまで…。」 そんな事があるわけないと、思いたくても俺の頭がシグナルを鳴らす。 好きでもない女が俺を引き止める。何故なのか、わからないけれど。 「…みるく、居るのか?」 そこに居たのは、髪をばっさりと切られたみるく。足元には緑の羽根。 「…あ、跡部くん。あはは、切られちゃった。」 「アイツらか!?」 「うん。でもいいの。これで私、覚悟できたから。」 何かを決心したようなみるくの目。悪い予感が頭をよぎる。 「私、跡部くんの手、大好き。撫でてくれる手があったかいの。」 「…何、を。」 「あの窓のおかげね。私と跡部くんを出会わせてくれたの。」 あるはずのない会話。だって、お前はここに居て、人間で。 「たまに話してくれる弱音も、隠れて努力してる姿も。」 誰も知らないはずの俺を、知っているのはあのインコだけ。 「でもね、死んだはずの私がここにいるのも跡部くんを好きになるのも、いけない事なんだよね。」 「ふざけた事言ってねぇで、こっちに戻ってこいよ。」 いつのまにかフェンスをこえていたみるく。 「私は鳥。あなたが優しくしてくれたインコなの。だから、飛べるよ?」 にっこりと笑うその笑顔には絶望が広がっていた。 「禁忌をおかしてまで生きているのはつらいよ…。元に戻るのは恐いけど。」 「…待てよ。」 「好きだから、これ以上近くにいたくない。つらい別れに、なりたくない。だから、私ははばたいて消えるの。」 飛べるはずないと、わかっていてお前は。 「待てよ!」 「引き止めないで?私はこの世に存在しちゃいけないの。」 「お前、今ここに生きてんじゃねぇか!鳥の姿じゃなくてもいい!俺が弱音を吐いたとき…そばにいろよ!」 てすりから、遠ざかる手。両手を横に広げて、俺の視界から…消えた。 「…ッみるく!!」 見下ろしてもお前の姿はない。急いで下に降りる。何も見つけられない。お前が飛び降りた痕跡さえ。 「おいお前ら、みるく知ってるか!?」 「え、誰ですかそれ…。」 「さっきお前らが屋上に…!」 「私たち、ずっとここにいましたよ?」 誰に問いただしてもそう言われるだけで。 「忍足、みるくは?」 「誰やそれ。」 「その席に座ってただろ!さっきまで!」 ちゃんと、机から出てくる。みるくの名前が書いてあるノートが。 「何や?こんな名前聞いたことないで?」 「…ックソ!どいつもこいつも!」 もう、何が何だか分からない。何を信じていいのかも。だから、お前が飛んだ屋上に走った。 「…っは、やっぱり居たんじゃねぇか…。」 緑の羽根が、ふわふわと舞う。さよならを告げるように。 「どこに、隠れたんだよ。」 いくら探しても見つからない。 「…まさか。」 下にある木の枝に、お前は引っ掛かっていた。 「…見つけた。もう、勝手に居なくなるなよ。」 さよならなんか、言わせてやるかよ。勝手に現れて、勝手に消えて。許さねえ。 「離してなんかやらねぇ。一生、俺のそばで俺のはなし相手だ。」 俺は、剥製にして、お前の好きだった窓際に置く。 「お前はすぐ逃げるから、コレが必要だよな。」 白い鳥籠に閉じ込めて。 「好きなだけ、外を眺めて、俺を見て。幸せだろ?」 俺は幸せだぜ?俺の弱音も努力も知ってるお前が居るだけで。 「っと、そろそろ学校に遅れちまうな。じゃあ、イイ子で待ってろよ?みるく…。」 ―ああ、私はあなたから逃げることすらできない。こんなもの無くたって、あなたこそがBirdcage― END -------------------------------------------------------------------------------- 鳥籠をモチーフに。暗い感じの話を書きたかったので。しかし最初から死んでますね…主人公。 視点が跡部だったり自分だったりでややこしくてすいませんです。 ここまで読んでいただき、ありがとう御座います。 こんなんですが、感想頂けると嬉しいです。 write.2006/01/27 [*前へ][次へ#] [戻る] |