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失い得るモノ。壱(忍跡)
一瞬の出来事やった。俺に向かって工事中の鉄材が倒れてきたのは。懸命に跡部が俺を助けようと駆け出すのが見えた。

そこから先のことは覚えていない。たぶん、鉄材で頭でも打ったのだろう。気付けば見慣れぬ白い天井。病院だと思った。

隣には跡部。跡部のこめかみ辺りにはガーゼ。ギプスをされ、三角巾で覆われた右手。



「…跡部?」

ぼんやり天井を見ていた跡部を呼ぶ。

「…よお。痛いとこ、あるか?」

「ん、後頭部。」

「ああ。七針縫ったらしいぜ?お前。」

「あはは、情けないわ。すまんな。助けてくれておおきにな。跡部は大丈夫なんか?」

跡部は目線を合わせない。俯いたまま、無言になる。

「…跡部?」

「……んけ…ちま…っ…。」

「え?」



「右手の神経、イッちまった…。」



もっとも恐れた答えだった。跡部のスベテと言っていいほどのテニスを、俺が奪ってしまった?

「あ、はは…嘘、やろ?」

「嘘ついてどうするよ。」

信じたくない。だから跡部に近付いてギプスから出ていた手の甲を触る。冷たくも温かくもない体温。

「感触が…ないんだよ。体温も痛みも、なにもかも伝わらねえ。」

悪い夢だ。嘘だ。

「これ以上、感覚がないことを…自覚させないでくれないか?」

「…テニス、は?」

そこで、跡部が初めて目を合わせてくれた。しかし、投げられた言葉は残酷だった。



「お前なんか、助けなけりゃよかったッ!ううっ、っく!」



跡部の瞳から、止めどなく溢れ出した涙。顔がグシャグシャになることも構わず、悲痛な嗚咽が病室に響き渡った。

跡部の口から、助けなければ、なんて。

本来跡部はそんな言葉を吐くような人間ではない。それほどまでに憔悴してしまったのだ。





程なくして俺は退院。跡部は個室になったらしい。誰が来ようとも面会謝絶だということだ。

跡部ほどの財力を持っていても絶たれてしまった神経を繋ぐことが出来ないのであれば、医学書を読んだって無駄だろう。

人ならざる異形のモノからだったら人知をこえた奇跡もあるかもしれない。藁にすがる気持ちだった。

辿り着いた【魔女】の書。魔法などという小さな子供しか信じない力にしか頼れなかった。

魔方陣を書いて自分の血を垂らす。必死に読み解いた呪文めいた言葉を口にして。

「…ッ!」

魔方陣から淡い光が。禍々しく色を変えてそこから人の形をしたモノが出てきた。息を飲むほどの美女だった。

「…ホンマに、出よった…。」

「あら、上玉。」

舐め回すように俺を見て、何やら納得していた。

「私を呼び出したってことは、それ相応の覚悟はあるのよね?」

それを聞いた俺は力強く頷いた。あのときの跡部を思い出すと、胸が張り裂けそうで。跡部が取り戻せるなら俺の命だって差し出そう。

「何かを得る為には、何かを失うの。」

「覚悟の上や。」

――――――
▼後書き▼
シリアス書きたくて。今の段階で、書き進めると幸せにはなれないかも。
何はともあれそれとなく見守ってやってください。
write.2013.03.11

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