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逆転裁判SS
あなたのもとへ
暗い、暗い、闇の中。
あたしは死んじゃうんだって思った。
それはとても悲しくて辛そうで、とても怖かった。当たり前だよね。あたし、まだ死んだ事ないし。
でもあたしはどこかで知ってたんだ。
時には生きる事の方が悲しくて辛くて、とても怖いって事。
それでも、あたしはみんなに会いに生きて帰りたかった。
あたたかで落ち着く、大好きなあの場所へ。
なるほどくんのところへ。

あなたのもとへ


風で古ぼけた戸がガタガタと大きな音をたてて、恐怖で肩がびくりと震えた。
(…大丈夫、大丈夫よ。あれは風の音だから)
昔あたしが本当に小さかった頃、綾里屋敷で雨戸を揺らす夜の風の音に怯えていたあたしの頭を優しく撫でてあやしてくれた。その時の声がふと蘇った。
穏やかな声。あれはお姉ちゃんだったか、お母さんだったか。
「だ……だい、じょぶ…大丈夫……!」
自分を鼓舞しようと同じセリフを言ってみる。ぐいっと袖で涙を拭い、寒さで感覚を失いカタカタと震える指を再び組み合わせる。
霊媒された“彼女”が頬に残る涙の存在に気づいてはならない。だから涙は流してはダメだ。
でも。
「……ふっ…ッ……ふぇっ…」
顔が勝手に歪んで涙がとまらない。
人が、殺された。目の前で。
あの人はもしかしたら。でもどうして。なぜあの人は。
(…こわい。こわいよ、なるほどくん助けて…!)
寒さと恐怖で声が掠れて、呪文の詠唱に失敗する。これで何度目だろう。
最近は霊媒するのもすっかり慣れていた(お姉ちゃんばかりだけど)のに。こんなに苦労するのは事務所に居着いた頃以来だろうか。
「なるほどくん…」
声に出してすがるように呼んでみる。
すると、固く瞑ったまぶたの裏に事務所での日常が目の前に広がった。
少しくたびれたソファでトノサマンの応援をしているあたしの横で苦笑しながら付き合ってくれるなるほどくん。
あたしとなるほどくんの間にちょこんと座りニコニコと笑うはみちゃん。
応援に力が入ってテーブルを蹴ったらコップが倒れて。なるほどくんはテーブルに置いていた書類を慌てて取るも一瞬遅くて、情けない顔で何か叫んでいる。
「…そんなトコに……置いて おくから、…いけないんだよ…?」
あらあらって言ってはみちゃんがテーブルを拭いてくれて、そうですわと笑う。
そうだ。
なるほどくんのカップ、そろそろ漂白しようと思ってたんだった。
棚のお菓子もそろそろなくなる。また買ってもらわなきゃ。
はみちゃんが好きなお団子屋さん、今日は開いていたっけ。

ありふれた、どこまでも愛おしい日常。

「……帰らなきゃ…」
あの場所に。
固く閉じていたまぶたをゆっくりとあける。
目を閉じる前と同じ、寒々しい小屋の中はさっきと何一つ変わっていなかった。危機的な状況も。
でも、一つだけ変わった事がある。あたしはもう涙を流してはいなかったから。
袖で頬の涙を強く拭うと、涙で少し熱を持った頬を両手でバチンと叩いた。
「……よしっ!」
再び手を組み合わせる。ゆっくりと呪文を詠唱しつつ神経を研ぎ澄まして、意識を無の状態へ。

あたしは絶対帰るから。
だから。
帰ったらあたしを抱きしめて。
そうしたらまたみんなで笑おう?
ね、なるほどくん……


* * * * *

再びゆっくりとあけられた瞳は暗く冷たい色を帯びて、小さな蝋燭の灯りをゆらゆらと映していた。
暗い瞳が蛇のように用心深くじっとり辺りを見回すと、“彼女”は艶然と唇を歪めた。


《終》


真宵ちゃんがんばって…!負けないで…!!(ToT)
葉桜院事件に合わせて勢いで書きました。

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あきゅろす。
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