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逆転裁判SS
世界で一番頑張ってるキミに
この広い世界で出会えた事。
何度も失いかけてそのたびに必死で手繰り寄せた。
ぼくを信じて自らの命を差し出そうとした事もあったね。
それを思うと今こうして二人穏やかに過ごせる事が奇跡のように思えるんだ。
当たり前に笑って、寄り添って、時には泣いて。
そんな当たり前の幸せを教えてくれた君に感謝したいんだ。

世界で一番頑張ってるキミに


ソファの背もたれに右半身をもたれるように横に座って書類を読んでいたら、突然背中に暖かいものがぽふんと抱きついた。
「…どうしたの、真宵ちゃん」
そう尋ねても、返ってくるのは彼女が首を横にぶんぶん振る気配だけ。ぼくの背中に顔を押しつけて首を振るから、布ずれの音と感触、と言ったほうが正しいかもしれない。
何も言わない真宵ちゃんに、ぼくも何も言わずにまわされた細い手をぽんぽんと撫でた。
「…あのねー」
「うん?」
「…なんかねー」
「うん」
「……すんごーく眠いの」
「眠いのかよ!」
てっきり里の問題か何かかと思ってたので、思わずツッコミを入れてしまった。
「まったく…ちゃんと寝てないのか?どうせトノサマン見てるんだろう」
「えぇー違うよ。トノサマンは夜やってないもん」
「DVDとかさ」
「うち、DVDプレイヤーないよ。見る時はなるほどくんちに行くもん」
「じゃあ何やってるんだよ。…まさか夜遊びしてるんじゃないだろうな」
よ、夜遊びなんてぼくは許さないぞ!保護者として、いやものすごく個人的に見逃せない。
手をふにふにと軽くつねって返事を促すと、答えは意外と簡単なものだった。
「違うよー。ちょっとね、修行とか修行とか……修行とか」
「ああ、なんだ修行かぁ」
「……うん」
なんだかあんまり元気がない。
「寝不足になるまでやるなんて、そんな無理しちゃダメだぞ?」
「うーん…」
「真宵ちゃん?」
「……うーん…」
「…大丈夫?」
「…………んー」
首をねじり振り返って見てみるが、ぼくの背中に顔全体を押し付けているために表情は見えない。
この紫色の奇妙な格好をした少女は、そのあどけなさ無邪気さとは裏腹になかなかに重い肩書きとそれ以上に重い運命を背負っているから、普段明るくしていても時々参ってしまうのだろう。
「…ねぇ、真宵ちゃん」
「…んー?」
「ぼくはキミと会って、もう3年近くになるんだよね」
「うん?そうだね。…どしたの突然」
背中から不思議そうな声が聞こえるが、ぼくは真宵ちゃんの手をぽんぽんと撫でながら気にせず続ける。
「この3年色々な事があったよね」
「そうだねぇ」
「ずっと一緒にいたから、キミのいろんなとこを知ってるわけだよ」
「ふぅん?たとえばたとえば?」
「たとえば、そうだなぁ。道端で猫を見かけたら必ず声をかけるとことか、夜の11時以降は最中でも眠たくなっちゃうとか…いてて」
背中をつねられた。
「他にもあるよ。コーヒーは牛乳と砂糖入れないと飲めないとか、でも時々無理して無理矢理ブラック飲んでみたりとか…あれって千尋さんのマネ?」
「なっ!ち、ちがうもん!えっとホラ、えと…」
慌てて必死に隠している様子が可愛い。
「すぐ赤くなったり、寂しがりやだったり、泣き虫だったり、甘えんぼだったりとか」
「も、もう!なによーなるほどくんだって…」
「本当は傷ついてるのに笑顔で隠しちゃうとことか」
「……え」
「みんなが見てないところで一生懸命頑張ってるとことか、さ」
「………」
「…とまぁ、ぼくは色々知ってるわけだよ」
そう、ぼくは知っている。キミの強さも、笑顔の裏に隠された弱さも。
「頑張ってるキミのこと、ぼくはちゃんと知ってるよ」
「なるほどくん…」
真宵ちゃんの腕を一瞬離すと、ぐるりと体の向きを変えて向き合うように座りなおした。
「たまにはさ、愚痴言ったり、甘えていいんだよ?どうせ止めたって真宵ちゃんは頑張っちゃうんだから」
そう言って、しょんぼりとうつむいた真宵ちゃんの頭をぽんぽんと撫でた。
(ちいさいなぁ…)
薄い肩、細い腕、このちいさな体でどれだけのプレッシャーに耐えているのだろう。いつもは元気いっぱいに飛び回る真宵ちゃんが、なんだかとても小さく見えた。
少しふせた長い睫毛がはたはたと微かに震える。見ると唇が開いたり閉じたり、言葉にするのを迷うようにためらっていた。
「じゃ、じゃあさ…?」
「うん?」
「ちょっとの間だけでいいから、こうしてていい…?」
うつむいたまま、耳を少しだけ赤く染めてそう言うと真宵ちゃんはぽすんとぼくの胸へ体を預けてきた。小さな背中をぽんぽんと撫でてやると手がぼくのシャツをきゅうっと握った。
「こんなんでいいの?」
「ここが、いいの。これでまた頑張れる気がするから…」
「そっか」
やっぱり頑張っちゃうんだよなぁ。頑張らなくていいよと言ってやる事も出来たけど、負けず嫌いなこの子はそんな事言われたらきっと余計頑張ってしまうだろう。
真宵ちゃんは気持ち良さそうに目を閉じて
「やっぱり、落ち着くなぁ…」
「そりゃよかった」
「ね、ね、もっとぎゅってして?」
「えー?もうしょうがないなぁ…」
「えへへ。なんかこうしてるとアレだね、充電器みたい」
「充電器って…ちょっと微妙」
「ええーそうかなぁ。じゃあお父さんでどうよ」
「……まぁ確かに真宵ちゃんも娘みたいだけど」
「あー。またそうやってコドモ扱いするんだから」
「真宵ちゃんだってぼくをオジサン扱いするだろ」
「なるほどくんは本当にオジサンだもん」
「ぼくはまだ26なんだけどなぁ…」
くすくす笑う真宵ちゃんがやがてうとうとと眠くなるまであと少し。それまでは充電器役もお父さん役も悪くない、かもしれない。
(ずっと、守ってあげたいから)
そのためならなんにでもなろう。
真宵ちゃんのおでこにそっとキスをすると、半分夢の世界に漂う真宵ちゃんはそれでも気持ち良さそうに笑った。


《終》

ひさびさのSS更新です。
『世界で一番頑張ってる君に』という歌があまりにもなるまよすぎて思わず書きました。半分くらいはかなり前に出来てたので、ちょちょいと手直ししてアップです。楽々。

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あきゅろす。
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