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逆転裁判SS
甘いおねだり
『この子は甘えることを知らずに育ってしまったの』
ぼくにそう言ったのは春美ちゃんに霊媒された千尋さんだ。
倉院の里で起きた事件の裁判が無事に終わった後、控え室のソファで安心して眠ってしまった真宵ちゃんの髪を優しく撫でながらつぶやいた。
物心つく前に母親は失踪、しばらくして千尋さんも里を出てしまい、真宵ちゃんは綾里キミ子はじめ分家の人に育てられたそうだ。
分家の人達はとてもよくしてくれたそうだがそれでもやはり本家のお客様扱いで。真宵ちゃんは中学に入ったら綾里屋敷で1人で生活しだしたのだ、と教えてくれた。だから甘える相手がいなかったのだと。
私のせいでもあるんだけどね、と寂しそうに笑いながら千尋さんは真剣な眼差しでぼくに向かった。
『甘やかせてあげてね』
甘え下手にはあんまり見えませんけど…と言うと、千尋さんは『なるほどくんもまだまだね』と笑った。

甘いおねだり


今思うと情けないことだが、初めて会ってから真宵ちゃんが一度里に帰るまではぼくもかなりいっぱいいっぱいで全然気がつけなかった。
真宵ちゃんは少し、いやかなり甘えるのが下手だ。千尋さんの言葉も最初はよくわからなかったが次第にのみこめた。
確かに普段はトノサマンだのみそラーメンだの騒いでいるが、多分他の接し方を知らないからじゃないかと思っている。
付き合い始めてからも真宵ちゃんはなかなかうまく甘えられなかった。この間初めて真宵ちゃんがおずおずとぼくに抱きついてきた時は感動して押し倒…いやこれはまぁ置いといて。
『ちょっと、ちゃんと聞いてるの!?成歩堂龍一!』
「え?あぁ…うん聞いてるよ」
ほんわりと甘い思い出に浸っていると、突然現実に引き戻された。
しまった、狩魔冥との仕事の電話中に違う考え事なんていろんな意味で命取りだ。
ここは自室のソファ。久しぶりに泊まりに来た真宵ちゃんとトノサマンのDVDを見ていたら、狩魔冥がイトノコ刑事の渡した書類に不備があるとの電話をくれたのだ。
そんな電話中になんでこんな思い出に浸ったかと言うと、どうも自分をほったらかして他の女性と電話している事に真宵ちゃんがヤキモチを妬いているらしいからだ。
ソファに座ったまま電話をするぼくの足元に真宵ちゃんがちょこんと座り、ぼくの膝に頭をのっけて頬をぐりぐりしたり時々ぼくの足をツンツンとつついて、かまってかまってとささやかに甘えている。
その拙い甘え方がなんとも可愛らしい。
仕事の電話だからジャマしちゃいけないという気持ちと、せっかく泊まりに来たのにかまってくれない寂しさがせめぎあってるのであろうその小さな後ろ姿が愛おしくて、話しながらポンポンと頭を撫でたら、真宵ちゃんはひょいっと顔をこちらに向けた。
(まだ?)
頭を膝にすり寄せたまま寂しそうに口パクで聞いてくる。
こんな時に限って不備の箇所がややこしく、狩魔冥が珍しく懇切丁寧に説明しているので電話はまだ終わりそうにない。頷いて肯定すると、真宵ちゃんは少しむくれてしまった。
そしてすぐにやりと笑って両手をぼくに伸ばしてきた。このポーズは最近真宵ちゃんお気に入りのだっこをしろ、との合図だ。
しかし今はややこしい部分をペンで修正してる最中だ。電話を持ってるのももどかしいのに真宵ちゃんを抱き上げてる場合ではない。
(ダメダメ)
顔をしかめて首を振ると、真宵ちゃんは本格的にむくれてしまった。
むくれたまま手を引っ込めぼくの片足を抱きしめて揺らす真宵ちゃんの頬を撫でたら、その指をパクッとくわえられてきゅうと噛まれた。
「いてて」
『だからこの項目の…ってあなた、なにやってるの?』
「い、いやその…」
手を引っ込めたくても真宵ちゃんががじがじ噛みながら手を両手でしっかり握っているため、なかなか離せない。
(こら、離せよ)
(やだもん)
(真宵ちゃんっ)
(やだもーん!)
電話の通話口を押さえて小声でたしなめるが、珍しく甘えてくれてるのが嬉しくて、あまり強く言えない。
『…ふん、まぁいいわ。今のが最後の訂正箇所よ』
「あ、ああ。悪いな」
『いいわ、ヒゲにはこれからたっぷりお仕置きしておくのだし』
「………(イトノコ刑事…可哀想に)」
会話が終わりに向かっているのを感じたのか、真宵ちゃんは噛むのをやめて口に含んだままの指をちゅうちゅうと吸いだした。
くすぐったいような甘い感触に声が揺れないかと心配になる。この状況が狩魔冥に伝わったら法廷でどんな赤っ恥をかくかわからないからヒヤヒヤする。
幸いにも狩魔冥は忙しいようですぐ電話を切った。電話が終わると真宵ちゃんは指をくわえたままちらりと上目使いで伺ってくる。ワガママしすぎたかと不安になっているのかもしれない。
ちょっとビシッと言おうかなとも思っていたけどその表情はやっぱり寂しげで可愛くて、ああもう!と頭をわしわし撫でてやった。
書類や電話をテーブルに移して空いた膝をポンポンと叩くと、真宵ちゃんはぱあっと嬉しそうに笑って両手を前に伸ばした。
「だっこー」
「はいはい」
細い体をよいしょと抱き上げる。膝の上にまたがるように座らせると、首に腕を回してぴったりと密着させた。
「はぁ…あったかーい」
すりすりと首に頬ずりする。これもお気に入りみたいだ。
「甘えんぼだなぁ真宵ちゃんは」
「…そんなことないもん」
「いいよ、素直に甘えてくれて嬉しいんだから」
「えぇ〜…」
ウソではない。
出会った時からのあの不器用さを思えば、自分からだっこをねだる今は奇跡のようだ。
ゆっくりゆっくり長い時間をかけてほぐして、ようやくこうして自分だけには素直に甘えてくれるようになったのだから、男として嬉しくないはずがない。
「だから、ヤキモチ妬いてたって正直に言ってごらん」
「えっ、や!やややヤキモチなんて妬いてないよっヤキモチなんて全然!」
「正直に言えたらご褒美あげる。冷蔵庫にケーキあるんだ」
「えぇっ!…ひ、ヒキョーだよなるほどくん…」
真っ赤な顔でにらむ真宵ちゃんは本当に可愛くて、思わずもっといじめたくなる。我ながら矛盾した思考回路だ。
ほらほらと促すと、もじもじと小さな声で
「…………そりゃ、まあちょっとは……妬いてました…」
と囁いて。
ぼくは嬉しくて嬉しくて、ぎゅうっと抱きしめてその勢いのままソファにごろんと2人で倒れた。
「ひゃあっ!?なななるほどくん!?」
「ご褒美、あげるね」
ご褒美の内容がケーキではないことに気づいた真宵ちゃんは一瞬むくれたが、そのままふにゃりと嬉しそうに「ばか」と笑った。


《終》

真宵ちゃんはすっごい甘え上手な小悪魔か、すっごい甘え下手な小悪魔かどっちかだと思います。
どっちの小悪魔も大好きです!!!

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