カキツバタ
10
――ガラガラッ!
理科室には、いつものように栄二がいた。
見慣れた黒いソファにゴロンと横たわりながら携帯を弄っていた栄二は、勢いよく扉を開けて入ってきた僕を見て些か驚いている。
「え、えい……はっ。……、……っ」
すぐにでも用件を言うつもりだったけど、わき目もふらず走ってきたせいで呼吸すら出来なくて、僕はひとまず息を整える事に専念することにした。
「は……っ、ゴホ!ゴホゴホゴホッ!」
「楓、どうしたっ?大丈夫か?」
栄二が慌てて駆け寄って来て、僕の背中をさする。
後ちょっと……もう少ししたら収まりそうなんだけど、それすらも言葉に出来なくて。
キュウッと喉が痛くて。
「はっ、はぅ……っ、……っ」
「お前……マジでどうしたんだよ……」
汗よりも遥かに量の多い雫が頬を伝って床にポタポタと落ちて行ったのと、栄二の動揺した声が聞こえたのは同時だった。
ああ、まだ、止まってなかったんだ……。
「……っく、……うう、」
気づいたら更に止まらなくなって、何で涙が出るのかわからないままその場にしゃがみ込んだ。
息が苦しいのは、走ったから。
声が引き付くのは、息が弾んでいるから。
涙が止まらないのは、何でかなぁ……。
「楓……」
すぐ近くに栄二の気配がして、僕と同じようにしゃがみ込んでいるみたいだった。
「えい……じ」
ハラハラ、ハラハラ、どこからそんなに水分が溢れるのか疑問なくらいに流れる。
まるでただの水のように。
「……楓。お前、誰を思って泣いてるんだ?」
「えいじ……?」
苦々しい声に左上を見上げると、思った以上に顔が近かった。
ギュッと寄せられた眉間のシワが栄二らしくなくて不安になる。
「なぁ、誰に泣かされたんだ?……お前を泣けるようにしたのは、誰?」
誰?
そんなの、わかんないよ……。僕自身どうして泣いてるのかわからないというのに。
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