カキツバタ
9 TANAKA side
女神が泣いていた。
女神が我らが神に会うと言っていた時点で予想していた事だったが、いざ目の前で事が起こると石像のように硬直してしまうものなのか。
一歩も動けず、一言だって声が出なかった。
今だとて女神が美しく去りゆく方を凝視する神の前に私は図々しくも突っ立っているだけなのだ。
女神を追うことが出来なかった。
何故ならば、泣いていたからだ。
その女神を泣かせたのは、我らが神だからだ。
色々と誤解している神は女神を泣かせたのだ。
あの笑顔の化身のような女神を。
「か……柳副会長」
声が出せるようになったのは、神が私を初めて視界に入れた時だった。
「君は……確か同じクラスの子だっけ?何でここにいるの?」
「私が貴方を崇拝しているからだ」
「ふぅん……言ってて気持ち悪くない?」
「何が気持ち悪い事か。私はあなたを尊敬しているのだ。それのどこがいけない」
「……尊敬?僕の事、大して知りもしないくせに?」
「貴方は聡明だ。才色兼備という言葉は貴方の為にある。同じ人類として、敬って何が悪いのだ?」
「……何で君そんなに上から目線なの?本当に僕の事慕ってるの?」
「勿論」
頷けば、神は美しい絹のような御髪をかき揚げる。
だが。
「私は貴方を尊敬しているが、それよりも女神を好いている。単純で一途で健気な女神が気になって仕方がないのだ。貴方に傷つけられる女神を見るのは辛い。どちらも雲の上の存在なのだから。
あなた達雲の御方が動けば、私達地上の者は混乱する。それをわかってる上で貴方は神になったのではないのか?」
「……悪いけど、言ってる意味がぜんっぜん理解出来ない。そういうのはもっと頭のイいバ……会長にでもお願いするよ」
「……貴方達は何をするにも気をつけてほしいと、そう言っているのだ」
女神だからこうなった。
もし先ほどの言い合いの相手が女神でなければ、きっと江島大兎はこの学園にはいられなくなった事だろう。
否、女神でも、もしかしたら江島大兎を追い詰めるかもしれない。
何故ならば相手は神なのだから。
「忠告のつもりなのかな?まぁ、忘れなければ覚えておくよ」
――リンゴーン、リンゴーン
「……あーあ、貴重な放課後が終わっちゃった。じゃあ、僕は失礼するね」
ニコリとした笑顔が外向き用の笑顔だと言う事を気づかれているとは、きっと思っていないのだろうな……。
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