夢を見ると恋をする3
ある土曜日。また朝から零はいなくて、オレはそっとまとめておいた少ない荷物を持って家を出た。
鍵をかけ、用意した封筒に入れて郵便受けに放り込む。
マンションから駅の方へと向かい、構内の公衆電話で安部の携帯に掛ける。零から携帯を貰い今まではそれを使っていたけれど置いてきた。

『・・・はい』
「安部か?俺だ、涯・・・」
『涯か?何で公衆電話から掛けてんだ、誰かと思ったぞ』
「悪いな。ちょっと頼みがあるんだが、今晩からしばらく泊めて貰えないか?どこか落ち着ける場所が見つかるまででいいから」
『それは構わねぇが、お前零とかいう奴と一緒だったんじゃないのか』
「色々あって出てきた。無理だって言うなら別に・・・」
『無理ではねぇけどよ、俺今晩は忙しくて帰れそうにないんだ。明日からじゃ駄目か?』
「それでいい。じゃ明日」

受話器を置いて溜め息を吐く。
今夜は野宿か。久しぶりだけれどそれ自体は慣れているから構わない。雲行きが怪しいのが不安材料だが、まぁ何とかなるだろう。
問題は夜までの時間潰しだ。
昼間の公園は子供の物、遊ぶ邪魔をするのは悪い。かと言って河川敷はホームレスが占拠している。奴らは縄張りにうるさいし最近ホームレス狩りも流行っていて警戒が強い。
かなり減らしたけれど教科書や本の類と何着かの着替え、制服を詰め込んだカバンと紙袋は彷徨くには不自然な量で、警察に目付けられなければいいなと願いながら歩き出した。

突然降り出した雨が一瞬のうちに土砂降りになった。雨宿りができそうな場所がなく、特に本の入った荷物を濡らさないよう抱えながら走った。
せっかく見つけた公園もまともな屋根代わりがないし、民家の軒下程度じゃこの雨は凌げない。すでにびしょ濡れの格好じゃコンビニに入るのも躊躇われる。
実は財布の中にはカプセルホテルに泊まれるくらいは持っている。でも、チェックインが出来ない。荷物の量や濡れた格好以前の、中学生という問題が大きすぎる。
顔を会わせずに済むラブホなら入れるかもしれないけれど・・・雨宿りに金を遣うのは勿体無い。
迷ったけれど、オレは脱いだ上着で荷物を包み抱え直すと再び走り出した。

「・・・今夜はここかな」

散々走った甲斐があり、やっと見つけた東屋のある公園。ドーム型の滑り台の下にも隠れられるから悪くない。
結構適当に移動したけれど、ここはどの辺なのだろうか。
相変わらずの雨足に、出て行くの明日にすれば良かったかなと今更後悔しつつも、これでいいんだと満足している部分もあって何となく苦笑いが込み上げてきた。
まだ無事なタオルで本や体を拭いていたら、ふとあの本が紛れているのに気付いた。零が貸してくれた本。とっくに読み終わっていたのに返し忘れていたら間違えて持ってきてしまった。
こればかりは仕方ない、濡れてはいないから今度郵送しよう。そう考えつつ、余る時間を潰す為に開いて読み始めた。

どれくらい時間が経ったか、ふと辺りの静けさに顔を上げると雨は止み空には星が出ていた。
街灯が近く明かりがあったせいで夜になったのも知らなかった。

「・・・腹減ったなぁ」

朝食べたきりで雨の中散々走れば空腹にもなる。コンビニでも行くか。
荷物・・・は置いていこう。誰も盗らないだろこんなもの。
一応まとめて東屋のベンチの下に押し込んでから、オレはその場を離れた。

「何で近場にねぇんだよっ」

なかなか公園の近所に店を見つけられず三十分以上経ってやっと公園に戻って来られた。すぐに荷物を見るけれど特に配置も変わらず荒らされた様子はない。

「まあ当然か。もう深夜近いしずっといるけど人全然来ないからな」

野宿したい身には有り難い環境で、適当に見繕った飯を頬張るとまたゆっくりと本を開いた。
夢中になると時間の感覚が失くなるがそのうちに視界がぼやけ出しウトウトと頭が揺れ出す。流石に少し疲れた。
オレはベンチにゴロンと横になると目を閉じた。
今頃、零はどうしているだろう。オレが出て行ったことに気付いた頃か、はたまた泊まりで実は帰宅していないかもしれない。
知る由はないのにあれこれ考えてしまう。もう二度と会わないだろう失恋相手なのに、まだまだ好きで思い浮かべると余計に辛くなる。

「初恋、だもんなぁ・・・」

誰かにこんな感情を抱く日が来るとは思わなかった。孤立、孤立と意識していたから、周りが浮かれていても絶対オレはああはならないと決めていたのに。
ちょうどさっきまで目を通していたページで、“恋の味は人それぞれである。多くを味わってもとりわけ初めての味を人は忘れることが出来ない。薄れても芯に根付いてしまうものだ”という一文があった。
多くを知れば薄まる、というのは本当かもしれない。でもこんなに苦いならのならもう誰も好きになんかならなくていい。他のまで誰が好んで味わいたいものか。

鼻の奥がツンと痛くなって、目頭が熱くなる。
はぁ・・・泣くことなんか滅多にないのにな。
客観的に見れば今のオレは初恋相手にフラれ、自暴自棄になって逃げ出しいじけている、という非常にダサい格好だ。
やっぱり上手くはいかないもんだな。映画の主人公たちはあっさり両想いになれたし、光源氏は選り取りみどりだったけれど現実は甘くない。

「はぁ・・・やめだやめ!もう寝よう」

涙のせいで目は覚めかけていたが何とか寝ればその間だけでも考えずに済む。言い聞かせるように声に出して寝返りをうった。
その時だった。

「・・・風邪引くよ」

頭上から声が降り驚く。
誰かに見られた?
警察呼ばれると面倒くさい、というか警察じゃないよな?どう言い訳して誤魔化そうか。
身を起こしながら目を開くまでの一瞬のうちに思考を駆け巡る慣れてはいるが久しぶりの危機回避。
同時に沸き上がる、声の主に対する心当たり。

見れば怒っているのか悲しんでいるのか、何とも言えない表情を浮かべた零がオレを見下ろしていた。

「お前、なんで?!」
「涯君こそどうして出て行った?」
「っ!」

もっともな質問に声が詰まる。
答えられない気まずい沈黙の時間。零の顔をまともに見ることも出来ないが、その視線がずっとこちらに向けられているのが分かって息苦しい。

「昼に帰ってきたんだ。たまには涯君と凝った物作ろうかと食材たくさん買い込んで。でも居なかった。荷物までなくて・・・ポストの鍵とテーブルの携帯を見て愕然とした」
「・・・」
「雨降ってきたのに傘も持って行ってない」

あぁ、傘!それくらい買えば良かったと今さら己の愚行に気が付く。でも荷物が多くてさせなかったか。
ある種現実逃避なのだろうか、肝心なのはそこではないのに傘の存在すら忘れていた間抜けな自分への嘲笑を真剣に考えて。
そんな逃げがいつまでも続くはずもないし、零に通用する訳もなく。

「どこに行くつもりだったの」
「・・・安部の家」
「俺と暮らすの嫌になったなら言えば良かったんだ。仕事用にもう一部屋アパート借りてるからそっちに移っても・・・」
「嫌になったのはお前だろ」
「何言って・・・」

ここしばらく零がオレを避けるように生活していたのを忘れたとは言わせない。
夢のせいでオレが零意識してしまったと告げた直後から。誰がどう見たって傍にいるのを迷惑がっていたのは零だ。

「オレがお前を好きかもなんて言ったから、それが嫌だったんだろ!」
「涯君・・・」

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あきゅろす。
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