EverFree後編
寺を出ようかという所でまた見知った顔に会った。

「平井さん!来ていたんですか」
「天さんか。えっとそっちの……井川君も久しぶりだな」
「ご無沙汰しています」

天貴史と井川ひろゆき。どちらも赤木の最期を看取った縁の深い奴らだ。彼らの事も当然ながら知らない森田に紹介する。

「森田、もしも赤木とやってみたかったと思うならこの二人に相手してもらえ。赤木に唯一土を付けた男と赤木の弟子だ」
「買い被りですよ平井さん。俺は勝ったとは思ってないし、ひろだってそうだよな?」
「はい。やっぱり赤木さんの背中は遠いですよ。追いつけたらとは思っていますけど……」

しばらくそんな雑談を交わして、森田は何かしら仕事で手を借りる事もあるかもしれないと連絡先を交換していた。

「それより、その節は見舞いにも行かずにすみませんでした」
「そんなの気にする事じゃねぇさ。むしろよく知ってたな」
「沢田さんから聞いたんですよ。政治の事は明るくないですけどヤクザ絡みだって言うから」
「なるほど。まぁ散々勝手してきたんだ。命があるだけでも儲けモンだよ」

それじゃそろそろと墓参りに向かおうとする彼らを引き留める。

「もう少し待ってやってくれねぇか。アイツがいる」
「アイツ?」
「伊藤開司」

瞬間、井川の表情が僅かに曇ったのには苦笑してしまったが、それならもう少しだけと連れ立って寺を出た。
肩入れする義理は微塵もないけれど、森田とダブらせてしまった手前少しでも二人きりにしてやりたいと思うのは余計なお世話だろうか。この二人を留めたところであれだけの盛況ぶりなのだから他の人間が来ないとも限らない。分かってはいるけれど赤木の為でも伊藤開司の為でもなく、森田の為にそうしてやりたい気がした。

寺の近くで見つけたカフェ。オープンテラスの席が車椅子のままでも着きやすくそこを選んだ。会話は自然と赤木の事になる。

「聞けば聞くほど信じられないくらいにチートな人ですね」
「……チート?」
「そうなんですよ!赤木さんはチートで人生がTASプレイみたいな人なんですよ!」

森田と井川の若者同士の会話に付いていけない天がポカンと呆れ顔になり、もしアイツが教祖なら怪しいツボやら水でも喜んで買いそうなほどに心酔しきっている井川に赤木回顧録の説明は任せてしまいこちらへと改めて向き直る。

「彼が良く平井さんから聞いていた森田君なんですね。噂通りだ」
「ああ……本当に良くやってくれている。こんな役立たずの老いぼれでもまだ必要だと言ってくれる」
「平井さんの武器は頭脳でしょ?足がなくたってまだまだ十分にやっていけるじゃないですか」
「そう簡単な話でもねぇよ。実際こっちでは俺は過去の人だ」
「……俺が俺でなくなった、みたいな事考えました?」

天の不意な質問に少し眉を顰めた。
しかしすぐに意図が汲み取れ、わざとらしく煙草を揉み消して新たな一本に火を点ける。

「存在意義か。考えなかった訳じゃねぇが……俺と赤木は違ぇよ。のんびり余生を愉しむのも悪くねぇと思ってる」
「赤木さんにもそう思ってもらいたかったって……未だに悔しくなる時もありますよ」
「良かったんだよ、呆けた赤木なんざ見てやる必要も権利もないんだ……誰にもな」

赤木とは違う。体の自由は失っても頭はクリアだ。何よりやることのなくなってしまった人生を傍に繋ぎ止めておきたいと願ったのは俺ではなく森田だ。だから俺は死んでいない。

「平井さん、赤木さんに似てるのに言うことは違いますよね」
「何なら今度打ってみるか?そっちも全然似てねぇよ?」
「考えておきますよ。あなたと森田君が組んだら赤木さん再来ですからね」
「それこそ買い被りすぎだ」

陽がだいぶ西へと傾いて少し肌寒さを覚えた。それを見越したのかいいタイミングで森田がそろそろ行かないと花が萎れてしまうと切り出してきた。
ノンストップであれだけ褒めちぎっていたのにまだ井川は話し足りないのか未練たらたらな顔をしているけれど、いい加減耳にタコでも出来たのか森田は思いっきりニッコリと微笑んで赤木さんも待っていますよと上手く切り返す。

「いずれ都合が付きましたら四人で卓囲みましょう。井川さんも、また赤木さんの凄い話聞かせてくださいね」
「長居させて悪かったな」
「いえ、こちらこそご一緒出来て楽しかったですよ。それじゃまた」

天と井川が揃って頭を下げて寺へと向かって行く。その後ろ姿を見届けて、森田は駅の方へと車椅子の向きを変えた。

「面白い人達でしたね」
「相変わらずの信者っぷりには呆れたがな」
「井川さんですか?でも俺分かりますよ。だって俺も銀さんに同じような事思ってましたから」
「過去形だな」
「井川さんはもう追いたくても追えないから神格化しちゃってるんですよ。俺は共に歩みたいから彼とは少し違います」

恐らく安田や巽が聞けばお前も同じだ、その辺は最初っからちっとも成長してねぇ!などと言い放つのだろうが。

「それよりもあの黒髪の……俺にちょっと似てましたよね?あの人誰ですか」
「今のお前みたいな奴だよ。赤木の死因聞いたか?」
「聞いてないです」

そこから先を話すべきか否か躊躇って言葉に詰まる。
しかしいずれは話すべき事だし、聞いてみたい事もある。どうあれもう失うものも何もない。老い先短い死に損ないの戯言だと割り切ってもらおうか。

「自殺だよ。何とかって名前は忘れたが、安楽死出来る薬品を自分でぶち込んで死んだんだ」
「……え、なんで?」
「アルツハイマーだったんだ。自我を失う事は存在する意味も失うからってよ。赤木が赤木で在る事がアイツにとっては、唯一にして最重要な生存理由だったんだろ」

俺が天と会話しながらも森田達の話を聞いていたように、森田も俺らの声は耳に入っていたのだろう。猛スピードで記憶を処理し諸々を整理するために脳がフル回転しているのが、黙りこくってしまった態度から容易に分かる。赤木とは違う。確かにそうだけれど、俺自身の思う存在理由を失ったのもまた確かな事。
はっきりと示した事はなかったけれどこうやってその事を示した今、森田はどう反応するのか。

「先に謝っておきますけど、俺銀さんの墓参りはしませんよ」
「?」
「金も国も、昔は持てていた野望も今の俺にはもうどうでも良いんです」
「その割には随分と精力的に動いてるじゃねぇか」
「時間がないんです。俺は銀さんにてっぺんから見える景色を見せてあげたい」

なるほど。それがお前の答えか。

「それじゃあ精々長生きしてやらねぇとな。まだまだ頼りねぇお前の夢を叶えてやる事が俺の最後の生存理由だ」
「はい。だからあの人……カイジさんでしたっけ?彼の気持ちは俺には一生分かりません」
「やっぱりお前は欲がねぇな。帰ってきて少しは毒されたのかと思ったがな」
「俺はいつまでもあなたの翼でありたい。それだけです」

長く伸びた影がゆっくり、ゆっくりと穏やかな夕闇に溶けていく。
赤木、やっぱりお前と俺は似て非なる関係だ。何度も手からこぼれ落ちかけた命だが、まだここにあるうちは会いには行けない。欲深い人間なんだ俺は。

「いずれ奴に会う時はお前を紹介してやらなきゃな」
「思いっきり自慢してくれても構いませんよ。俺の大事な右腕だって」
「ハハッ調子に乗るなよ」

どれだけ醜く這いずり回っても、俺はまだ生きている。だから死なない。

お前と俺は違う。だから俺には森田がいる。
お前には沢山の花を備え石ころを大切にしてくれる奴らがいる。面倒くさいだろうがそいつらを見守ってやれ。出来る事なら、森田になれなかったアイツを……

「さっきはカイジさんの気持ちは分からないって言いましたけど、ああなってた可能性はあったんですよ」
「刺されて轢かれた時か?」
「そうです。本当に……生きていてくれて良かった」
「もしあの時死んでたら……って野暮かこんな事聞くのは」
「分かってるんでしょ?周りが平井は終わったとか戯言ほざいてももう俺に気なんか遣わないでくださいね」
「全く……だから俺はお前が好きなんだ」
「格好悪いだけですよ?あの人達みたく強くなれないんだから」
「そこが良いんだよ」

死後の世界があるなどと本気で思っている訳でもなく、死ぬ時の事すらあの時までは一切考えなかった。それをこうして、利に絡みもしないのに墓参りなんかして、森田と最期とその先までを語ったりする。
やはり俺は少し変わったのだろう。それでも……それが僅かにだけれど嬉しくて誇らしい。

下らない事を散々言ったついでだ。
赤木、どうせだから俺達の事も見ておけ。ちょっとは暇潰しになるだろうから。

「銀さん、夕飯何食べたいですか?久しぶりに作りますよ」
「そうだな……じゃあ……」

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