PRINCESS & KNIGHT8
涯の不幸は、現状打破の願いを叶え知恵を授けてくれる悪魔の頭脳を持っているのが避けたい男の親くらいしか存在しないという点。
そんな事を涯が知る由もないし、分かっていても知恵を授かる為に何もかもぶち撒ければ本末転倒。
従って良い策は浮かばないまま、昼を迎えてしまった。

「こんな広い所でご飯食べてるんだね」
「手が空いた者から順に摂らないとこれでも全員は座れないそうです」

詰所の食堂。長テーブルと椅子がいくつも並び、一角の厨房と面したカウンターから食事を受け取った兵が空いている所へ次々に座っていく。早めに来て食事を終えた者が席を退いても後から来た者で埋まる。
この食堂を利用しているのは零専用の護衛隊員だけで、王たち用の隊は城の別の方角に詰所やその他諸々の施設がある。決して席数は少なくない。ざっと百はありそうなのに全員着けないとは。

「やっぱり少し減らした方がいいな。ね、美味しい?」
「はい。昨晩といい私には勿体ないお味です」

零と涯が座る両サイドと向かい側には隊長を始め兵がズラリと並んでいる。業務の合間という事で隊長以外はメニューは異なるけれど食事の載ったトレーを持っている。

「姫様とご一緒させて頂けるなんて光栄です」
「王が皆で食べると楽しいって言ってたけど本当に美味しいし楽しいよね!」

今度は皆と同じ物食べさせてねと笑う零。普段男しかいない詰所に華が咲いたようで、兵たちは揃ってニコニコと笑みを溢している。

「午後も涯はトレーニングするんでしょ?」
「そのつもりです」
「そっか。見学してもいい?」
「……どうぞ」
「本当はね、部屋で一緒に本でも読もうかなって思ってたんだ。涯は本好きじゃない?」
「読みます。歴史が好きなので」
「本当?いっぱいあるよ。なんなら貸してあげるよ、暇な時に読めばいいし」

クルクルとパスタを巻きながら、零はずっと微笑んでいる。
様々な懸念とは別に、本当に涯は本が好きだ。そう多くはなかったけれど施設や学校にも本はあった。初めは教科書の代わりに少しでも勉強の足しになればと読み始めたのだけれど、紙の上に広がる世界に惹き込まれた。
国で一番豊かな場所。ここならばさぞかし多くの書物があるのだろう。単純に興味が湧いた。

「涯、午前の訓練、あまり集中出来ていなかったらしいな」

今まで黙っていた隊長がおもむろに口を開く。
零の事を考えていて、訓練に身が入らなかったのは事実で、訓練とはいえ集中力に欠けるのは護衛隊として許されない事。さすがに分かっているのか涯は少し俯いて謝罪する。

「零様がいらっしゃると聞けば緊張するのも無理はないが、それで怪我でもしたら元も子もないだろう。気がそぞろになっているお前を午後の訓練に参加させる訳にはいかない」

要するに零の部屋へ行け、という意味である。
涯のみならず零までもが驚いて目を丸くする。そんな!と、まさか!がそれぞれの顔に浮かんでいる。

「出来ます!私も参加させて下さいっ!」

焦り縋る涯を隊長は駄目だと撥ね付ける。零は零で隊長の方から涯との時間をくれるなど信じられないと首を振る。

「どうして……?」
「今まで零様の笑顔を拝見する機会はそう多くありませんでした。私共の至らなさ故だと猛省しておりますが、涯と話す事で零様に楽しんで頂けるならそれも護衛隊としての勤めでしょう」

それ以上は語らず、隊長が何を思っているのか本当の所は計れなかったけれど、とにかく涯を部屋に連れて行ける事になったのだから嬉しい事この上ない。
姫様の部屋に招かれるなんて幸せだなお前、などと涯を周りがからかう。そんな生易しい状態じゃないんだよと言い返せたならどれほどすっきりすることか。眉一つ動かさないでいるが、心境は苦虫を噛み潰している。

「涯、行こう!」
「……かしこまりました」

隊長と涯と零の三人で詰所を出て零の自室へ。外で待機しておりますから何かありましたらすぐお呼び下さい、と隊長が扉を開ける。
中にいたメイドが涯と戻ってきた事に驚いていたけれど、すぐにお茶の準備を整え昨日の約束通り部屋を出て行った。

「……構うなって言わなかったか?」
「了承した覚えはないけど?そんなに警戒しなくても、本当に一緒に本を読みたいなって思っただけだから」

リビングから一つ隣の部屋へ移る。天井まで届きそうな大きな本棚が壁一面に並び、ぎっしりと本が詰まっている。

「書斎っていうか書庫。城の図書室に行けばこの何倍もあるから、もしここに気に入る物がなくても大丈夫だよ」
「すごいな……こんなにたくさんの本、初めて見た」

さすがに圧倒される。強引な零や隊長への憤りなどどこかに吹き飛ぶくらい、涯には魅力的な場所だった。

「どう?興味を引くような本あるかな」
「ああ。読んだ事のないものばかりで、読みたいと思ってたものも山のようにある」
「全部読んでいいよ。欲しければあげてもいい」

棚に張りつき背表紙を順に追っていた涯が零へと振り返る。

「くれる……?」
「俺はここの本全部一度は読んだし、涯が喜んでくれるならいくらでも持っていっていいよ。本当はここに読みに来てくれると嬉しいけどね」

無理強いはしない、と言えば散々してきただろうがと睨まれたが零はそうだっけ?と涼しい顔をしている。
全く肚が読めなくて、疑念をすぐに問い質されるとばかり思っていた涯にとっては拍子抜けだ。けれど、どうせ部屋は抜け出せないし本に没頭していれば会話も少なくて済む。
棚から一冊抜くと、それを持ってリビングへと戻る。

「紅茶と珈琲があるけどどっちがいい?」
「零が淹れるのか?」
「そう。美味しくなかったらごめんね」
「……手伝うよ、いくら何でも姫様にさせるのは気が引ける」

気にしなくてもいいのにとソファーを勧められるが断って、涯はキッチンスペースへと向かう零を追った。
ここで零の食事を作る事は基本的にないけれど、メイドがお茶請けの菓子を作ったり、ごく希に夜食を作る事はある。
城の厨房と比べれば狭いけれど、一通りの調理器具や材料は揃っている。

「立派なもんだな」
「俺も一応は料理出来るんだよ。今度作るから食べてよ」
「……構うなって言っても聞かないんだな」
「だから了承した覚えはないし、これからもしない。友達になって欲しいだけなのに何を警戒してるの?」

隊長の言葉を信じるなら、零も疑っている。懸念を抱かれている事を知っていて警戒しない馬鹿はいない。

「俺はお前を救えるのか?友達になるだけで?」
「そうだよ。涯には想像出来ないかもしれないけれど、こんなに人がいるのに俺はずっと孤独だったんだ」

湯を注ぎ蒸らした茶葉が頃合いになる。
温めたカップにゆっくりと注ぐと琥珀色からいい香りが立ち上ってくる。

「俺の事が聞きたいなら話すし、本を読みたければ黙ってる。どっちにしても立ちっぱなしよりは座った方がいいでしょ」

ソーサーに載ったカップを二つにミルクと砂糖のポット、ティースプーン、小皿に盛られて用意してあったレモンスライスを全てトレーに載せ涯が隣まで運ぶ。
ソファーの前のローテーブルに置き、ソファーへと並んで腰掛けた。

「好きに使ってね」

ポットから砂糖を一つ取りだし自分のカップへと落としながら、零は涯にもポットを差し出す。涯も一つ砂糖を落とし、レモンも一枚浮かべた。

「それ、面白かったよ」

涯の座る傍らに置いてあった本を指す。そうか、と涯が読書を選ぶと零もテーブルの上に置いてあった自分の読みかけを手にし開く。しばらく沈黙が二人を包み、ページを捲る音と紅茶を啜り、ソーサーがカチャンと鳴る音がたまに耳に入るだけになった。

しかし文章を目で追ってはいるけれど内容が頭に入る事はなかった。これで読書に没頭出来るとすればよほど神経が図太いか能天気のどちらかだ。
せっかく読みたい本を前にして、他の事で脳がいっぱいだなんて勿体ない時間を過ごしていると思う。
何もなくて、本当に純粋に護衛隊に入隊してのこの待遇なら読めただろうか。結局緊張してままならないかもしれないけれど、少なくとも今よりは健康な心理状態でいられそうだ。

全く、どんな因果があって地雷の埋まった道に踏み出さなければならないのか。しかし避ける術が見つからないのなら、この試練も運命なのかもしれない。
酷い運命だけれど、蒔いた種の芽がこうして息吹いてしまったのなら、刈るのも責任か……。

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