冬色4
さすがにもうネタばらしもされたし離れても置いてきぼりはないだろうとは思うが、万が一という事もある。そういう男だと思い出して、湯呑みを片付けに行っただけにしてはやけに遅いアカギに不安が募る。

また一人にされたら……そういえばアカギは上着を持ったまま二階に上がって行ったではないか。その気があれば幾らでも一人で動ける。車のキーだってアイツが持っているのだし。

涙腺が緩い事に定評があるカイジは刻一刻と経過していく時間につい目を潤ませていた。


「お待たせカイジさ…………何で泣いてるの?」
「バッ、泣いてねえよっ」

杞憂で済むと余計な愚考に惑わされた事が恥ずかしくて、待望のアカギに顔が向けられない。
すぐに悪い方に思考が飛んでしまうのは悪い癖だろうか。しかしこの先読み深読みで助かってきた実績もあるし……あぁぁ畜生っ……


「百面相も面白いけれどさ……片方持ってくれると助かるかな」

アカギの言葉にハッとして見ると、片手にトレー、もう片方にバスケットを持っている。
ワインやビール、グラスが入っていたり乗っていたり。

「あ、悪い持つよ」

二人分の着替えも持っているカイジはバスケットを受け取り、アカギは不安定だったトレーを両手で支えた。

「寂しかった?」
「そんな事あるかよ、何でもねえし!」
「本当にカイジさんって可愛いよね。素直じゃないところも。でも、これからはちょっと素直になって欲しいな」

喜んで貰いたいんだよね風呂場、と微笑まれる。
顔が熱くて仕方ない。全て見透されているのも、そのくせほんの少し笑みを浮かべられただけで簡単に許してしまえる自分も悔しいと思うのに。

とことんアカギの笑顔に弱くて困る。


寝室の奥、突き当たりまで廊下を進み曲がって、また別の部屋のドアを二、三通り越して、廊下を塞ぐ扉に辿り着いた。一瞬渡り廊下の事が過って身震いする。

「大丈夫だってカイジさん。少しは寒いかもしれないけれど」
「ぅえ?!」

どこから出たのか間抜けな声のカイジにクスリとして、アカギはその扉を開けた。
中は脱衣場になっていた。
促されるままに荷物を置いて服を脱ぐと、空調が効いていても肌寒さで少し震える手で酒を持つ。
脱衣場の更に奥の戸を開いた。
さぞや広々とした豪華な浴室を想像していたのに、目の前には至ってシンプルなシャワールームが……
カイジのガッカリした顔が全てを物語っている。

「そりゃこれも立派だけどよ……湯船もねえのに……」
「いいからそっちの端にカゴ置いて、軽く洗ってよ」

これでどう喜べばいいのやら。カイジはブツブツ文句を垂れながらワシャワシャとシャンプーを泡立てた。美容院で使われるような高いそれだった事にはちょっとだけ感動したけれど。文句の止まらないカイジをアカギは引っ張って荷物を置いた壁際へと連れてくる。

「たぶん凄く寒い」
「は?」

よくよく見ると木目だと思っていた壁の一部は手が掛けられるようになっていて、ガラリと開けられ、一瞬後に強烈な冷気が襲ってきた。

「ギャアァァ……あ?うわっ……!!」

白くうっすらと積もった雪の向こうに、岩で囲まれた露天風呂が見えた。手入れの行き届いた坪庭に溶け込む姿の何と素晴らしい事か。
現金なものでカイジの打って変わった歓喜といったら寒さはどこに行った?と問いたくなる程だった。
やっとこの為に連れて来たのかと分かって、喜びに満面の笑みを浮かべたカイジは早速飛び込んだ。

「うあっち……あー、やべえ気持ちいいー」
「天然の源泉から引いてるって。掛け流しっていいよね」
「プライベートの温泉なんてすげえ贅沢じゃねえ?広さも造りも相当だし」
「喜んで貰えた?」
「見て分かんねぇか?アカギと二人で温泉なんて。しかも誰にも邪魔されないでのんびり出来るなんて夢みたいだよ」
「それなら良かった」

随分とサプライズの演出が下手というか酷かったけれど、今となってはもうどうでもいいかとカイジは渡されたビールで喉を潤し、降る雪の色に幸せだと呟いた。

坪庭だからオーシャンビューを売りにした旅館のような景色は望めないけれど、むしろこの囲まれた感じが心地いい。
雪見酒なんて贅沢も出来たし、何より隣にはアカギがいる。二人きりで過ごせる時間を考えてくれた事がまず至福ではないか。誰かの為になんてアカギは本来しないはずなのに、ぽつりと漏らした願望をこんなに最高の形で叶えてくれたなんて。

「どんな女の子でもこれやられたら一発で落ちるな。ましてやアカギからなんて人生の運全部使ったような気になるぜきっと」
「誰にでもする訳じゃない。カイジさんだからやったんだよ」
「分かってるよ。だから俺は世界中のどんな女の子よりも幸福者で、最高の彼氏持ちだなって意味だよ」
「もう酔ってるの?随分と素直に可愛い事言うね、らしくもなく」

口角を僅かに上げるアカギ特有の表情で、少しばかりからかわれているけれどカイジは意に介さない。

「酔ってるよ。そうでもなきゃ恥ずかしくて言えねぇセリフだからな。でも、いつもそう思ってんだよ」
「あらら、これはだいぶ重症だね……それじゃあ俺が襲って色々と辱しめるような言葉でもって攻めても、忘れちゃうかな?」
「……試してみろよ」

クククと二人揃って笑って、それからそっと近づいて……

「っ、はあ……なぁ、いつまで居られるんだここ?」
「二、三日かな。別に決めてないけど」
「それじゃ明日は俺が飯作るよ。あと、母屋の探検もしていいよな?」
「カイジさん子供だな」
「……大人だよ……だから」


湯けむりと雪の中、二人の肌だけが桜色に染まる夜はまだ長く――――――――。





[*前へ]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!