冬色1
広めの和室には、炬燵が置かれていた。
床の間には掛軸と売ったら幾らになるのか見当もつかない壷。閉じた障子の向こうは板張りの廊下で、立派な日本庭園に面している。
時折聞こえるカコンという添水の音を聞きながら、カイジは背を丸め炬燵で暖をとっていた。

絵に書いたような贅の邸宅は、カイジにはとことん縁のない場所である。その彼がこうして居るのは他ならないアカギの所業である。

突然、連れてこられた。
行き先も外出の目的も告げられず、着の身着のまま同然で車に乗せられ気づいたらここにいた。
そして、放って置かれている。
連れ出した当人はこの部屋にはいない。適当に寛いでいて、と言い残して姿を消してもう一時間は経つ。
探索してみようかと何度も思ったけれどジーパンとセーター一枚しか着ていなくて、寒くて炬燵から出られないでいるのだ。せめて上着くらい着させてくれたら良かったのに急かして連れ出しておいて待たせるだけとはいかがなものか。

新台の為に朝からパチンコ店の前に並び、なかなか回らない午前中をやり過ごしたら午後から連チャンで大当たり。滅多にないツキでドル箱を重ねて、それまで飲まれた分も取り戻し閉店間際まで続けたら十五万円の勝ちだった。
こんなに出しちゃって、俺の運も捨てたもんじゃねぇなと歓喜したカイジはその足で居酒屋へと行き飲み食いを堪能し、日付が変わる頃には雀荘へと入っていた。
レートはそう高くない店でも勝てばそれなりに潤うもので、ここでも勝ち運の女神に愛されたのか彼は祝儀の出る役満も見せたりとトップを独走した。
明け方、眠気に負けて帰宅するも気分はホクホクで、着替えもそこそこにベッドへとダイブしたまま深い眠りについた。


幸せな気持ちで眠っていたところを現実に引き戻されたのは朝九時すぎ。声が聞こえるなぁと夢見心地に感じていたらベリッと布団を剥がれ、何事かと驚く体をずるずると引きずるようにして外に連れ出され車へと押し込められた。

いくら問いかけてもアカギは何も言わずにハンドルを握るだけで、外に出た瞬間は寒さで冴えた頭もヒーターの効いた車内の暖かさと揺れで再び朦朧とし出す。
もう少し寝ていたかった所を起こされ、相手にもしてもらえないのだから寝てしまえと睡魔に身を委ね、着いたと起こされたら正に目も醒めるような豪邸が聳えていたのだからいよいよ何事かと焦りすら感じたというのに。


あと五分待ってもアカギが戻って来なければ寒くても探しに行こうと決め、炬燵の上の急須にポットの湯を注いだ。

結局アカギは現れず、意を決してカイジは立ち上がった。寒さにぶるりと体が震える。
障子を開け廊下の様子を窺うも、庭からのカコンと雀か何か鳥の鳴き声が聞こえるばかりで人の気配はない。
車を降りた時、大層な門と塀に囲まれたこの屋敷の外観を見て相当に広い敷地面積に仰天したが、和室に連れて来られるまでに通った部屋数や見える限り手入れの行き届いた庭にはいっそ呆れるほどだった。
全く金というものはあるところにはとことんあるようで、昨日十五万円程度で浮かれていた自分が馬鹿らしく思えた。

廊下に出て、とりあえず来るときに通った順を辿ってみようと左に歩き出す。
時々襖や障子を開けてみるも先ほどカイジが居た部屋とそう変わらない無人の和室があるばかり。アカギどころか誰一人として見当たらない。

突き当たりまで進んで、今度は右に。
このまま真っ直ぐ行くと玄関だったはず。玄関というよりは旅館のロビーのようだったが。
耳を澄ませ、気配を探りながら歩いているのだけれど玄関に着いても人の気配はやはりなかった。
ふと三和土を見ると、カイジのスニーカーの隣にアカギの靴が並んでいる。
もしかしたらこの屋敷に居ないのではと疑っていたのだが、靴があるならどこかに居るだろうと諦めずに探索続行を決め、玄関から見て和室とは反対の通路へと足を向けた。

少し歩くと屋根付きの渡り廊下へと出た。
離れに繋がっているのか、先には扉と、全容は見切れないけれど二階建ての仕舞屋のような建物がある。
まだ広い母屋の全てを回った訳ではないけれど、まずあちら側から見てみようと渡り廊下を歩き出す。
完全に外気に晒される廊下は寒いなんてものではなく小走りに抜け繋ぎの扉を開いた。


内側は母屋の全体的にひんやりとした空気が嘘のように暖かかった。
外観は古い京町屋のようだったのに内装はどこか現代風で、床も板張りというよりこれはフローリングだ。
天井近くの壁には通風口のような細長い穴が所々にあり、おそらくあれが空調なのだろう。
全体が暖かいという事は、こちらには人がいるのだろうと安心する。だだっ広い母屋に一人で居たのは心細かったのだと、熱に触れて初めて自覚した。
扉の為にある土間のようなスペースとそのフローリングの廊下を結ぶ段差を上がり、さてどちらに行こうかとカイジはキョロキョロと首を動かした。
左には階段が見える。真っ直ぐ行けばいくつもの扉が添ってあり、奥はまた左右に分かれている様子。
まあ片っ端から見ていくか、と真っ直ぐな廊下を選び一番手前の扉に手を掛ける。磨りガラスの戸は普通の住宅でいう所のリビングルームの入り口みたいで、もしかしたらと思って覗いてみればやはりリビングルームだった。かなり広い。
一面に絨毯が敷かれ、革張りのソファーセットや大型のテレビ、観葉植物なんかもある。
今まで生活感のない空間ばかりを見てきたから洋風な装いも相俟って突然の光景には違和感すら漂う。




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あきゅろす。
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