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夏目友人帳
08

(空が青い)

 学校の屋上の日影に座り空を仰ぎながら、静かな校舎に耳を澄ましていた。体育館では今、終業式が行われていることだろう。

 ――夏目と会って、随分経った。今でも夏目はあの祠に飽きずに会いに来てくれる。たまに約束の日に来られない時もあったが、その時は祠に次の約束を取り付けるようなメモを入れるのが恒例になっていた。
 夏目と過ごす穏やかな日々は心地いい。
 最初はただの気まぐれだった。絡んでくるなら構ってやろうと。
(すぐに終わるだろうって思っていたんだけどな……)

 ――明日から、夏休みだ。



「(名前)!」
 体育館からワラワラと生徒達が出てき始めたのを確認して、頃合いを見計らって屋内に戻った。廊下に出来た人波にそっと加わると、ハナが私の名前を呼んで肩を叩いた。
「何サボってんだよ! 数少ないイベントを無駄にすんな!」
「終業式をイベントにカウントすんな」
「そんなことより帰りどっか行こ。夏休みの予定組まなきゃ」
「よっしゃ! まかせろ!」
 カナエの提案にハナはやはりノリノリだ。だけど、どこか寄ると行ってもどうせ電車でどっか行こうとか言うんだろう。少し面倒くさい。
「カナエの家は?」
「うちダメ。弟が友達つれてくるって。(名前)の家は……親が厳しいんだっけ」
「そー」
「折角昼で終わりなんだからどっか食べに行こうよ!」
「んー、そうするかー……」
 一学期最後のホームルームが終わり、三人で駅へと向かった。


 結局街中まで出て、とりあえず駅に近いミスドに入った。背中にうっすらかいた汗が冷房で冷やされ、一気に冷気が首まで這い上がる。
 テーブルに着き、まずはハナが第一声。
「海!」
「パス」
「オイッ!」
 開口一番、目を輝かせながら放った言葉にするりと拒絶の言葉が出た。
「私はいいから……ホントごめん。二人で行ってきて」
「どんだけ海嫌いなの!」
「別に、海は嫌いじゃないけど暑いのは嫌い。そして海に入るとあり得ないくらい痛いから嫌だ」
「痛い? ……ああ、日焼けね。(名前)赤くなるタイプなんだ」
「そう。海に行ったが最後、寝れないんだよ。痛みで。何の報いなの?」
「いや、知らないけど……」
 結局今回、私は海をパスして二人で行ってもらう事にした。
 仲の良い三人だとしても、必要に応じて誰かを“抜き”にすることができる。そんな二人が私は好きだ。みんな一緒じゃなきゃ何もできない奴らよりよっぽど信頼できる。
「よし! じゃー(名前)の行きたい所は!?」
「別に、いつもの感じでいいよ。夏休み中、一度しか遊ばない訳じゃないだろうし」
「だーめ! 夏休みなんだから! ちょっとは特別感出さなきゃ!」
「……考えとく」
「おう!」
 ハナがニカッと明るい笑顔でうなずいた。


「じゃーあとで連絡しろよー」
「りょーかい」
 店を出たあと二人と別れ、家路に着いた。


 今日もいつもの祠へ行くと、あとから夏目がやってきた。
「こんばんは」
「こんばんは」
 いつもの挨拶。だけど今日は少し遅い時間。辺りは真っ暗だ。
「ごめんね。大丈夫だった?」
「ああ。塔子さんたちには断ってあるから」
「そか、良かった」
 わざわざこの時間に来てもらったのは、夏目に見せたいものがあるからだ。この時期に咲き始める綺麗な花があるのだと、この間妖達に連れて行ってもらった場所だ。
 山を抜け、目的の場所が近くなると夏目に目を瞑ってもらって、それから手を引いて案内する。
「夏目。目、開けていいよ」
 目的の場所へ着いて合図すると、夏目は恐る恐る目を開けて、顔を上げた。
「……すごい………」
 目の前に広がるのは辺り一面に咲く光の粒。この時期に咲き始める、ゲッカという木の花だ。昼間に見ると、ネコヤナギのようにしか見えないが、夜になるとその花は昼間に吸収した太陽の光を放ちだす。ネコヤナギのような柔らかな毛を通したその光は、優しく、ゆらゆらと灯り、辺りを照らす。
「感動したから、夏目にも見せたかったんだ」
「……そうか……。……本当に綺麗だ……」
 夏目がこちらを向いて、嬉しそうにふわりと笑った。
「(名前)、ありがとう」
 ――夏目のこの笑顔が好きだ。もっともっと、見ていたい。
 初めて会った時はこんな風になるなんて思いもしなかった。それなのに、今では夏目の隣は私にとって居心地の良い場所になってしまっている。だけど、こんなに長い間会っているのに、未だに私は夏目に同じ学校の生徒だということすら言えていない。そんな自分が彼を友人だと呼ぶには少し都合が良すぎるかもしれないな、と、夏目に気付かれないように静かに苦笑した。


 ひとしきり眺めたあと、夏目を祠まで送る道中、「最近、嬉しいことがあったんだ」と前置きして、夏目が話し始めた。
「明日から夏休みなんだけど」
 夏目は嬉しそうに友人の話をし始めた。
(……綺麗。目、キラキラしてる。さっき見たあの花みたい)
 夏目の話を聞きながら、柔らかな表情を浮かべる彼の横顔に思わず頬が緩んだ。
 自分の友人や藤原家のことを話す夏目は本当に嬉しそうで幸せそうなのだ。
 ――もっともっと、そんな人たちで溢れればいいのに。夏目にとって大切な人たちや、夏目を大切に思う人たちが、夏目の周りに、もっと。
 昔、私を救ってくれた妖達を夏目の友人に重ねながら、そんなことを願った。 


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