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夏目友人帳
34

 目を覚ますと酷い頭痛がした。昔の夢を見たからかもしれない。昨日は確か、祖父の妹を追い払ったあと、そのまま眠ってしまったんだ。
 時計を見るといつもより少し早い時間だったが、再び眠りにつく気にもなれず学校へ行く準備をすることにした。今日から文化祭準備に入る。いつもの授業よりかは楽だろう。


 ……と思っていたが全然そんな事はなかった。劇の準備は意外と体力を使うものだった。
(そうだよ。授業はつらいってゆーか退屈なだけだ。これなら授業の方が楽)
 劇で使う大量の布を運びながら朝思った事を撤回する。一枚なら軽い布も山積みになるとかなり重い。一人で大丈夫だと安請け合いした事を後悔していると、後ろから声を掛けられた。馴染みの声だ。
「……それ、重そうだな。手伝おうか?」
 しかもどこかで聞いた事のある台詞。振り返ると案の定、要だった。
「なんか、どっかで聞いた事ある台詞だね」
 笑いながらそう言うと、「そうか?」と言って私の手から布を取り上げた。
「あ、ちょ、全部じゃなくていいから」
「ん? ……じゃ、これ」
 そう言って彼は布を一枚だけ私に手渡した。
「一枚! ははっ……ありがと」
「いーえ」
 手渡された一枚を持って、要と並んで廊下を歩く。
「どこだっけなー」
「何が?」
「さっきの台詞。どっかで聞いたんだけど」
「どこだろうな」
「あ! わーかった。スーパーの帰り道だ!」
「……へえ?」
「そうだよ。夏休み明けてす、ぐ……? あれ」
 本当にそうだっただろうか。自信満々に答えたが、一瞬別の場面が頭をよぎった。もっと前に聞いた事があるような気がする。今と同じ状況、声を掛けられて振り返ると制服姿の彼の姿。その光景に既視感を覚えたのだ。
 視線を落として記憶を辿る。
「……あ」
 思い出した。あれは確か。
「始業式……宿題運んでた時、声かけてくれたのって……」
「……正解」
 事も無げにそう答えた要に驚いて顔を上げると、優しく微笑む彼と目が合った。
「……知ってたんだ」
「まあ、(名前)だと分かってて声かけたしな」
 私はあの時彼の事をただのクラスメイトだという認識しかなかった。
「別に気にする事ないからな」
 そう釘を刺して優しく微笑む。そうやって要はいつも私を甘やかすんだ。
「あ、夏目」
 その言葉にビクリと肩が震えた。
 実は朝から夏目の事を避けてばかりいるのだ。朝昇降口で出会ったが、起きてからずっと頭痛が治まらなかったこともあり、話す気になれなかった。夏目は何か言いたげだったが、私は軽く挨拶だけして前を通り過ぎ、それから話しかけられそうになる度気づかないフリをして逃げていた。早く昨日の言い訳でもなんでも話さなければと思うのだが、どうにも気力が湧いてこない。
 要と夏目は何やら話しているが、私は少し離れたところで窓の外を眺めていた。正直のところさっさと去ってしまいたかったが、私の荷物を持ってくれている彼を置いて行くわけにはいかなかった。
「じゃあな、夏目」
「……ああ」
 どうやら二人の会話は終わったようだ。ほっと息をついて顔を上げる。
「どうしたんだ?」
「何が?」
「……いや」
 優しさからだろう、要は深くは聞いて来なかった。


 要に昇降口で声を掛けられ、並んで家路を辿る。
「今日買い物は?」
「……今日は大丈夫」
 夏目の事で気疲れしたのか、今日は酷く疲れた。
「……夏目となんかあったのか?」
「……え」
「なんか二人そわそわしてたし、距離取ってるような感じがしたからさ」
 要は本当に周りの事に気がつくな。彼を心配させるのも悪い気がしたが、正直に話せる内容でもなくて更に心苦しさは募る。
「……大丈夫だよ。ちょっと、私が避けてるだけ」
「……喧嘩でもしたのか?」
「そういうんじゃないんだけど……。ごめん」
 気にかけてもらっているのに、正直に話せない事が多過ぎて心の重石はどんどん大きくなる。友人が増えれば増えるほど、そういったものがのし掛かる。こんな筈じゃなかったのにな。
「……(名前)」
 暗い気持ちに顔を俯けていると、要の大きな手が私の頭にかぶさった。
「話したくないことは話さなくて良い。……だけど、頼れるときは頼ってくれ」
 要はいつもの笑顔で、私の頭を優しく撫でた。
「……うん。ありがとう」
 要に甘やかされているのは分かっている。けれど、夏目とはまた違った居心地の良さがあった。


 要に家まで送ってもらい、ソファーに身体を沈めていたが、頭がぐるぐるして落ち着かない。本当に今日は変な感じだ。一日中身体が重かったし朝から続いている頭痛も酷くなる一方だし……。
(……よし)
 こんな時は散歩に限る。外の風に当たって木の匂いに包まれていれば気持ちも落ち着くだろう。

 身支度を済ませ玄関を出る。マンションの階段を下りて、当ても無く気の向くままに足を踏み出した所で、声がした。
『……みつ、けた……』
 声の主は見当たらないが、視線だけは感じる。人通りも無い。車も来ない。辺りは妙に静かだ。その場にじっと立ち止まり気配を辿るが、頭痛のせいで上手く集中できない。シンと静まり返った空間の中、突然背後で空気が揺れた。
 しかし気付いた時には遅かった。何かに頭を強く打ち付けられ、私はそのまま意識を失ってしまった。


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