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夏目友人帳
27

「(名前)! 渓流釣りに行かないか!」
 移動教室の途中で意気揚々にそう話しかけてきたのは夏目。
「渓流釣り……? いいけど、あの二人と?」
 あの二人とは北本と西村の事だ。
「ああ。今週の土曜日。開いてるか?」
「うん。大丈夫」
 待ち合わせ場所と時間を確認して夏目と別れると、肩にどさりと重みを感じた。
「(名前)! 最近夏目くんと仲良いね!」
 後ろから追いついて来たハナが私の肩に腕を回したせいだった。
「ああ、うん。渓流釣りだって。行く?」
「行かねー! 釣りって虫触るんでしょ? ムリムリムリムリ!」
「(名前)、虫とか大丈夫なの?」
 ハナと反対側の私の隣で歩くカナエが問いかけた。
「あ〜、全部大丈夫って訳じゃないけど、釣りに使う虫だったら大丈夫」
 妖達と釣りはよくしていたから慣れている。そんな事二人には言えないけど。
「あの三人組とよく遊びに行くの?」
「休みの日に遊ぶのは初めてだな……。帰りに寄り道したりはするけど」
「ふーん、なんか最近一気に友達増えたわね。田沼ともよく一緒にいるでしょ」
「ああ、うん。全部夏目経由の友達だけどね」
「そのせいかアンタ最近人間味増したわよね……」
「は? どういうことよ」
「取っ付き易くなったってこと!」
 ハナが私の背中をバシリと音を立てて叩いた。
「……いってぇ、そんな変わってないでしょ……」
「いーや、変わったね! 今度あいつらに聞いておいでよ!」
「あいつらって……北本達の事?」
「そう!」
「聞いたってわかんないでしょ……」
 変わった云々は抜きにしても北本達が以前の私の事なんて覚えているだろうか。
「ま、楽しんでおいで」
「行かないの? 別に虫使わなくっても釣りできるし……」
「私はパス。あいつらと行ってもなんのトキメキも感じないし」
「私も無理かも〜虫さされとか嫌だし〜」
 カナエに爽やかな笑顔を向けられ、ハナには顔を顰められ、少し残念に思いながらもその話を終わらせた。



「ねえ。昔の私って取っ付きにくかった?」
 土曜日に三人と共に川までやって来た私はとりあえず西村に例の件を尋ねてみると、恐ろしく咳き込み始めた。
「な、なんだよいきなり……」
 眉を下げて困ったような表情の西村に、北本が声を掛けてきた。
「なんだなんだ、いじめか?」
 ははは、と笑いながら言う北本にも聞いてみる。
「ハナとカナエに言われたんだけどさ、最近の私は取っ付き易くなったって。全然ピンと来ないんだけどさ、そうなの?」
 北本と西村はうーんと唸って空を見上げたり腕を組んだり。先に口を開いたのは北本だった。
「確かに、(名字)って目立つんだけど、キツそうなイメージだったな。あんまり近寄りたくないっていうか」
「お、おい……」
「大丈夫だって。(名字)、別に怒らないだろ?」
「え、何を」
「ほらな、接してみると優しいんだって分かるんだけど、最初はちょっと……怖かった」
「まじか……。西村も?」
「え、ああ……まあ、そうだな。ちょっと怖かったかも……。(名字)さんが一緒にいる芹沢さんと楠さんもキャラの濃い人たちだし、目立ってたから名前はすぐに覚えたけどなー」
 芹沢ハナと楠カナエ。キャラの濃い人だと言われていたのか。
「でも今は雰囲気丸くなったというか、接しやすいよ」
「言葉に遠慮がないからこっちも気ー遣わなくていいし、逆に楽かもな」
「何の話だ?」
 少し離れた所にいた夏目が近寄ってきた。
「(名字)の昔のイメージの話だよ。最近取っ付き易くなったって芹沢達に言われたけど本当かってさ」
「……昔は、取っ付きにくかったのか?」
「ちょっとな。なんとなく目立つんだけど怖かったっていうか。(名字)と一緒にいる二人もちょっと怖いイメージあるだろ? 特に楠」
「楠? (名前)がカナエって呼んでる方か」
「そうそう、美人なんだけどさ、ちょっと今でも近寄りがたいし。(名字)もそうだよな。美人なのに近寄り……あ」
「ほう……。北本〜。私のこと美人だって思ってたんだ〜」
「え、いや、えっと」
「(名前)は美人だろ?」
 慌てる北本をからかってやろうとニヤついていたら夏目からまさかのストレート勝負。
「目も綺麗な形をしてるし、睫毛も長いし、肌も綺麗だし、髪だってサラサラだ。それになんか、いい匂いも」
「夏目! もっ、もういい!」
 いつの間にか私の髪を触っている夏目を両手で突っぱね顔を伏せた。たとえお世辞だろうがそこまで言われると恥ずかしすぎる。それになんか微妙にセクハラチックなのがちょっと嫌だ。
「そうか? でも、スタイルも良いし、声もキレイだし、笑った顔も」
「いいって言ってんだろ!!」
 尚も続けてくる夏目の胸ぐらを掴んで言葉を遮ると、夏目は私の耳元でボソっと呟いた。
「……いつかの仕返し」
 今まで見せた事のないような不敵な笑みを見せた。
(こっ、このやろ……!)
 怒りと恥ずかしさで顔が熱い。ギリリと歯ぎしりをし睨む私をにこりと笑顔で躱す夏目が更に腹立たしい。
「つ……釣り! 釣りしよ!」
 そう言って夏目を押し退け北本から竿をぶんどり上流へと進んで行った。
(いつかっていつのだよ!)


「(名字)が接しやすくなったと感じたのって、夏目のせいかな」
「んー?」
「たぶん、表情が増えたからだ」
 ぼんやりと私を見つめながらそう話す北本と西村の声を、私は聞く事は無かったが。


 暫くすると夏目が私の方へやってきた。
「(名前)、何か釣れたか?」
「夏目……」
「ん?」
「……河童がいる」
「え。……あ」
 私の指差した先の向こう岸では河童がこちらをじっと見つめていた。
「ああ、知り合いなんだ」
「へえ? そうなん……ふ、おやびんだって。夏目、おやびんって呼ばれてんの?」
「あ、ああ……」
 その河童は夏目に向かって「おやびーん!」と叫びながら満面の笑みで手を振っていた。夏目はその河童に微妙な笑みを返しながら北本達から見えない位置で手を振り返した。
「懐かれてんねえ」
「みたいだな。……(名前)、もう怒ってないのか?」
「ん? 何……あ。 おこっ、怒ってる!」
 釣りに夢中ですっかり忘れていたがそういえばついさっき夏目に喧嘩を売られた気がする。呆けた顔を慌てて引き締め彼から顔をそらすと、隣でクスリと笑う気配がした。
「……悪かったよ。けれど、(名前)だってああやって人で遊んでるだろ。自業自得だ」
 ニコニコとそう言う夏目は実に爽やかだ。
「へいへい。すみませんでした。で、あの遊びが結構面白いってのも分かっていただけたのかしら」
「……遊びっていうか、あれ全部本音だからな……。遊びの内に入るんだろうか」
(この天然ヤロウ……。わざとか? わざとなのか? いや、夏目はこういうヤツ……)
 何か言い返す気にもなれなくてただ俯くしかできなかったが、その時北本と西村が釣りの経過を見にやって来た。
「(名字)、夏目。何か釣れた……ん? (名字)、どうした? 顔赤いぞ?」
 北本に指摘されて思わず言葉に詰まる。だがここで引くわけにはいかない。
「な……、夏目に口説かれて……」
「んなぁぁにぃ〜〜!? ん夏目ぇー!」
「なっ、いやちがっ……、………。そうなんだ。少し話し掛けただけでこの有様なんだ。どうしたんだろうな?」
 くそっ……! 夏目のヤロウ、学習しやがった!
「えっ……、(名字)さん、もしかして夏目のこと……」
「おい西村!」
「あっ……」
「悪い、(名字)。俺たち何も見てないからさ」
 勝手にトントン拍子に進む話に奥歯がむず痒くて思わず叫んだ。
「ちっがぁーーう!」
 二人の勘違いが行き着いた先を容易に想像出来る。これ以上続けていればどんどん深みにはまっていくだけだ。
「もう! ごめんなさい! もうしません! 許して夏目!!」
 まさか夏目にはめられるなんて思っていなかった。
 顔を覆い許しを乞う私を夏目は満足気に見やり、そんな私達を見て二人はキョトンとした面持ちでお互いに顔を見合わせていた。


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