わんぴーす
6
シャチがこの街に帰ってきてから数日、私たちはシャチのいる高校生活に秒速で慣れ、最早何の違和感も感じなくなっていたが、周りは少し違うらしい。
「シャチくん!前の学校では何部に入ってたの?」
「ねえ、シャチくん帰りカフェ寄ってかない?」
「家ってどっち方面なのー?」
昼休憩に入り、私とローの教室にお弁当を持ってやってきたシャチは数人の女生徒を引き連れていた。
「あー、悪いんだけどさ、俺これから飯食うからあとで話さね?俺もみんなのことちゃんと知りたいからさ。」
「えー?じゃあ一緒にご飯食べよ!ってか私たちも混ざっていい?」
「えっ…、と、そうだな、ローはどう思」
「ダメだ。めんどくせえ。消えろ。」
「えっ……、なにそれ、ちょっと酷くない?」
「ローくんひどーい。」
「なんで命令されなきゃなんないわけー?」
はっきりと断れないシャチが引きつった顔でローに話を投げると案の定バッサリと一刀両断。
普通の女子ならぽっきり心が折れてしまうところだが、彼女等は少し違ったようだ。
それともターゲットがローではないから心に余裕があるのだろうか、女生徒たちはローに非難の言葉を浴びせた。
「ねえシャチくん、別にローくん達とはまた今度で良くない?昨日もおんなじメンバーだったんだしさ、今日は私たちと食べてよ。」
「そうだよー。ローくんも機嫌悪いしさー、いこ?」
「いや、マジでごめんけど、またあとで。な?」
「えー…」
女生徒たちは不服そうな顔をしながらも、「じゃあまた今度ね」と行って立ち去ってくれた。
『ふふっ…、なんか、ちょっと驚きだよなあ。小学校の時はそうでもなかったのに。モテモテじゃん。』
すでに食事を開始していた私はコンビニパンを頬張りながらも自然と含み笑いをしていた。
私の記憶の中では、小学生ながらもローがダントツにモテていて、私たちはその一味、みたいな位置付けだったのだ。
しかし所詮、私のシャチに対する記憶は小五まで。それ以降はメールや電話でのやりとりくらいしか知らないから、あれからきっといろいろあったのだろう。
シャチ自身は女生徒の視線や態度に別段驚いている訳でもなさそうだった。
「悪いな…断るのちょっと苦手でさ。」
「いちいち面倒くせえな、はっきり言ってこいよ、ブスに用はねえって。」
『やめてよロー、そういうこと言うとこっちに火の粉飛んできちゃうんだから。』
「あ?どういうことだよ。」
『そういうもんなのー。』
「…?」
「あー…、まあ、確かにそういう女子っているからな。」
ローはやっぱりそういうのは分からないようだったけどシャチは何となく察しているらしい。
そういうとこは流石だよなあ。人間っぽいわー。
「ま、もうちょっとしたら収まるだろうしさ、ちょっとだけ我慢してくれ。ごめんな。」
『私は実害ないから全然大丈夫。』
「仕方ねえな…。」
ローはぶつくさ言いながらも結局は承諾した。そしてペンギンは興味なさげに黙々と弁当を頬張…ってあれ、そういえばさっきから全然喋ってないぞ。それどころか今日のお弁当の卵焼きめっちゃ見てる。ちょっと焼きすぎたか、みたいな顔してるわコイツマジで興味なさすぎじゃない?
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放課後、いつもの4人でペンギンが自転車を留めている駐輪場へ向かっていると、シャチがそういえば、とペンギンに問いかけた。
「こないだ先生に聞いたんだけどさ、自転車通学って許可証がいるんだろ?」
「ああ。」
「で、自転車通学が認められるのって、2キロ圏外からだよな?」
「そうだな。」
「お前の家って前の俺の家の隣じゃん。あそこってこっからそんなに離れてたっけ?」
「いや、ギリギリ2キロ圏内だった。」
そう。ペンギンの家は運悪く丁度2キロ地点。駐輪場スペースが限られているため、自転車通学は認められていないのだ。
「えっ、マジ?じゃあなんでお前チャリ通なんだよ? あー?もしかしてお前、」
「ああ、引っ越したんだ。」
「はあ!?!?」
『ヤバイよね。徒歩もバスも嫌だからって、自転車通学のために実家からちょっと離れたとこで一人暮らし始めたんだよ。』
「普通そこまでするか!?」
「シャチ。良く考えろ。ギリギリ徒歩圏内と、ギリギリ自転車通学圏内、どっちが得だ。」
「いや、アパート代考えたら徒歩の方が得だろ。」
「毎日通学のために時間を費やされるんだぞ。それなら学校帰りに自転車でスーパー行って自炊して自分のために時間使った方が精神的にお得だろう。」
「え、なんかお前の優先順位たぶん俺と大分違うわ…。けど、お前の母ちゃんよく許したな、そんなの。」
「ああ、あの人今は無関心寄りになってるからな。資金面は父親が援助してくれてるから問題ない。」
「そか。ま、そのほうがお互い気楽かもなー。」
「と、言う訳だ。それじゃな。」
「えっ、なんだよ。チャリで帰んの?途中まで一緒に帰ろうぜ。」
「……お前な。チャリで帰らないなら引っ越した意味ないだろ。」
「いーじゃんほらほら、行くぞ。」
「………。」
なるほど……。ペンギンの扱い方慣れてるな……。私とローは自転車に乗ることしか考えてなかったし、一緒に徒歩で帰るとかよく思いつくな……いや、コミュ力高いやつはこれが普通なのか……。
ペンギンは小さくため息をつくと、大人しく自転車に荷物を入れて自転車を押し始めた。
『そういえば、私勝手に思ってたんだけど、今住んでるとこって前の家じゃないの?』
前シャチが住んでいたところはペンギンの実家の隣。地元に帰ってきたと聞かされて、勝手にそう思い込んでいた。
「いや、今はばあちゃん家に住んでるぜ。一人であの家住むのも大変だろってのもあってこっち帰ってきたしな。」
『あ、そうなんだ?そういえば私最近シャチばあちゃんのとこ行ってないや。』
「ついでだし、学校帰り寄ってくか。俺も最近顔見てねえしな。」
『いいね。』
「おお、ばあちゃん喜ぶんじゃね?ペンギンも来いよ?」
「……。」
ローの提案によりみんなでシャチのおばあちゃんの家、兼シャチ宅に立ち寄ることにした。私の家とペンギンの家の丁度間くらいの場所だ。
到着すると、最初にシャチが玄関を開けおばあちゃんに声をかける。
「ばあちゃんただいまー。ローと名前とペンギン連れてきたぜー。」
するとピンクのカーディガンを羽織った、少し腰の曲がった女性…シャチばあちゃんが居間からちょっこり顔を出して満面の笑みを浮かべた。
「あらまあ、みんな、名前ちゃんとローくんは数週間ぶりかねえ?よく来たねえ。」
『おばーちゃん久しぶりー!』
「え、〈 名前ちゃんとローくんは 〉…って、ペンギン、お前最近会いに」
「ばあちゃん。これ、昨日言ってた電球。玄関前のだよな?換えとくよ。」
「え、ペンギン?ちょっと…」
「そうそう、ありがとうね。じゃあついでにお願いしようかしら。みんなもお上んなさい。お菓子用意するからね。」
「ちょ、ばあちゃん?え、何これ?」
「ふふ、ペンギンくんねえ、よくお電話くれたり、お家に来てくれたりして、沢山お手伝いしてくれてたのよ。高いところとか、危ないからって。」
『ペンギンはお婆ちゃんっ子だからなー。』
「え、俺のばあちゃんなんですけど。」
「ばあちゃん、終わったよ。」
「いつもありがとね、じゃあ、みんなでお茶にしましょうかねえ。」
「俺、淹れるよ。」
「あらあ。まあまあ。ありがとうねペンギンくん。」
「ちょっとォ!めっちゃ慣れてるじゃん!ヤメテ!俺がやるもん!」
慣れた様子でキッチンに向かうペンギンを追いかけ、シャチも奥へと消えて行った。
居間の座布団に座ると、おばあちゃんはニコニコと嬉しそうに私たちに問いかけた。
「名前ちゃん、ローくん、元気にやってるの?」
『うん。元気だよー。』
「ああ。」
『ばあちゃんは元気だった?』
「うん。元気よ。みんなと住むって、なんだか不思議でね、賑やかでねえ。いいわねえ。」
『ふふ、そっかあ。おじさんとおばさんはまだ帰ってないの?』
「二人はまだお仕事でしょうねえ。」
『ふーん。』
突然、キッチンでシャチの叫び声が聞こえた。
「わーーー!ペンギン!茶葉が!溢れてる!何これ気持ち悪い!」
「お前、どんだけ茶葉入れたんだ。」
「すり切れいっぱい!」
「……違う、このスプーンに擦り切れって意味だ。」
「えー!どう見ても少な過ぎだろ!」
「増えるからいいんだよ。だからこうなったんだろうが。」
キッチンでのやりとりを聞いてチラリとおばあちゃんの顔を盗み見ると、おばあちゃんは幸せそうに頬を緩ませていた。
『……確かに、賑やかだね。』
「ふふふ。いいでしょう、ふふ。」
私がペンギンとシャチといつ友達になったのかは覚えていないけど、小三でローがこっちに引っ越してきて、私たちがお婆ちゃんと知り合ったのはそのあと暫く経ってからだ。確か小四の終わり頃かな?ペンギンはそれよりも早く知ってたみたいだけど。
見ての通り、お婆ちゃんの優しげな雰囲気の虜になって、シャチが引っ越してしまってからもちょくちょく遊びにきていたのだ。
「あら出来たのね、ご苦労様です。どうもありがとうね。」
シャチたちがお茶を運んできてくれると、お婆ちゃんは笑顔で二人に労いの言葉をかけた。
「てかさ、シャチ、お前いつ婆ちゃんに電球なんて頼まれたんだよ。」
「昨日。学校帰りに寄った。」
「言えよ!っつーか来るんなら一緒に帰りゃいいだろ!?チャリで颯爽と帰りやがって!」
「? ……? 別にお前に用はないし…。……?」
心底不思議そうな表情を浮かべるペンギンに、シャチは驚愕の眼差しを向けていた。
「みーんな、私の、大事な孫よ。」
「ばあちゃん…」
「みなさん、遊びに来てくれてありがとね。いつでも来たらいいわ。ね、シャチ。」
「んんー…まあ、うん。」
『そーそ、あんま気にすんなよシャチ。みんなのばあちゃんなんだから。』
「まあ、別に俺は…」
「ただいまー。」
「あら、隆さん、帰ってきたみたいね。」
「げ。」
『げ。』
「…帰るか。」
「もう遅いだろー。」
そこまで長居したつもりはないが、玄関の方でシャチの父親の声が聞こえた。
居間の襖を開けた彼は見るからに驚いた顔で、
「えっ!?あれ!?名前ちゃん!? ローくんとペンギンくん! なんで!?ちょっと待って今からケーキ焼くから!」
『いや、大丈夫なんで。落ち着いてください。』
「隆さん、一緒にお茶どう?」
「あ、お義母さん、いただきます…。」
『久しぶりっすね。元気してました?』
「元気だよー!みんなも元気そうでなにより!会いたかったよー!ちょっと待って今からクッキー焼くから。」
『いやだから落ち着いて。』
「大丈夫大丈夫、美味しいの焼くから。」
『いやそういう問題じゃないんで。』
「じゃあ晩御飯」
『大丈夫です。お茶飲んでてください。』
常に片膝を立てて隙あらばキッチンに向かおうとするシャチ父を宥めていると、次いで母親が帰宅。
「ただいまー、え、あれ!? 名前ちゃんローくんペンギンくん!久しぶりねえ!大きくなって!ちょっと待ってね、今晩御飯用意するから。」
「シチューなら出来てるよ。」
「えっお母さん作ってくれたの?ありがとー!じゃあ他に軽く作るからすぐにご飯にしましょ!」
「お袋。みんなの家も準備してるだろうからまた今度にしたほうが…。」
「ええーーー???お母さんもみんなとお話したい!シャチだけずるいじゃない!」
「いや、俺と同じ学校行ってて、俺の幼馴染なんだからずるいとかないだろ。」
『あの、私たちこれで。おじゃましましたぁ…』
「あ!ちょっと待って名前ちゃん!せめてプリンだけでも食べてかない!? 昨日の試作品なんだけど!」
『大丈夫です、じゃあお婆ちゃん、また今度ね。』
「賑やかでいいわよねえ。」
『あ、ああ、うんそうね。うん。じゃ。』
一気に騒がしくなった一家に手を振り3人は一糸乱れぬ動きで足早にシャチ宅を後にした。
最後に居間の向こうで垣間見えたおばあちゃんの笑顔は、それはそれは幸せそうだった。
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