わんぴーす
2
昼休憩、ローと名前の教室にペンギンが訪れ、3人は机を近くに寄せてそれぞれ食事を取っていた。
『今回けっこう頑張ってんじゃん。』
「登校デートなんてお前から提案したなんて笑えてパンが喉を通らないんだが。」
「俺じゃねえ!…あいつから言ってきたんだ。くそ…でもこれ以上更新するわけにはいかねえし…」
『今何人だっけ。』
「57人だな。今回で58人目だ。」
「まだフラれてねえ!」
3人が話しているのはローが今までに付き合ってきた女性の人数ではない、フラれた人数だ。
その人数は付き合ってきた人数とほぼ同じではあるが、その多さから3人の間でローの称号は「モテ男」から「ヘタ男」へと格下げになっていた。
一方ローはその称号を返上せんと、最近は恋人への接し方に慎重になっていた。
『今回は何日持つかな〜』
「今回2日で終わったやつがよく言うぜ。」
『う…っ!るせぇ。』
ちなみに名前も、ローには届かないまでも序盤まではローといい勝負をしていた。
お互いに恋人の存在を一種のステータスとして競い合ってきたからだ。
そして今ではなかなかの短期記録保持者となった。
『ロー私ね…、気付いちゃったのさ、大事なことに。』
「んだよその悟り開いたような目は、やめろ。」
『この貴重な人生の花盛りに!たかが一個の個体のために心身をすり減らして良いものかと!』
「普通は豊かになっていくんだがな。」
「失敗できるのは今のうちだろ、歳食っても短期記録更新してたらシャレになんねーぞ。」
『だから私は思ったの!今この瞬間、私は私のために時間を使い!己を磨き!自らの人生を豊かにする自分という土台を作り上げていこうと!』
「聞いてないな。」
「聞いてねーな。」
『そのためには彼氏なんてその場しのぎのお飾りなんていらないんだと!だから私決めた!もうわざわざ彼氏を作ろうと躍起になったりしない!清く正しく!人生を豊かにするために!』
「清く正しいやつは隣のやつが立った瞬間にバナナ置いたりしねーけどな。」
『あれは笑った。』
「謝れっつってんだよ!!」
************
放課後、ペンギンとローと名前は3人雑談をしながら、ペンギンの後に着いて駐輪場まで来ていた。
『ペンギーーン乗せてってよー』
「ああ。じゃあ乗れ。」
「3人いけるか?」
『いやお前は歩いて帰れよ。』
「なんでだよ!」
ペンギンの乗る一台の自転車に群がる二人には譲り合いの精神など全くなく、とりあえず名前が後ろの荷台へ、そしてその更に後ろでローが荷台に立つこととなった。
「…………重心が高すぎてバランスが取れん。」
『え〜じゃあ私後ろ行くか?』
「よし、交代だ。」
高すぎるローの身長ではバランスが取れず危険と判断したペンギンがそう零すと、二人は位置を交代して再び自転車に乗り込もうとした、が。
『ロー!体デカすぎ!私が立つスペースないじゃん!』
「ざけんな!俺だってさっきつま先立ちだったんだからな!じゃあもうお前ペンギンの前で座れよ!」
『そんなスペースねえよ!』
「じゃあお前歩け!」
『なんでだよ!お前が歩け!』
「お前ら二人歩いて帰れ。」
『あッ!』
「あッ!」
二人の口論に退屈したペンギンは、「じゃあな」と言い残して颯爽と去って行った。
『ペンギーーーーン!!!』
「……。」
駐輪場に置き去りにされた二人は呆然として、名前はローをひと睨みした。
『…………お前のせいだからなー。』
「……うるせー。俺ひとりで歩きになるくらいならお前だって道連れだ。」
『サイテ−だなー、まあ仕方ない。帰るか。』
「だな。帰りコンビニ寄ろうぜ。」
『おっけー』
「あ、ちょい待ち。」
ポケットの振動に気づいたローがスマホを取り出し、画面を一瞬見ると苦い顔をした。
「やべぇ、忘れてた。」
『なに?』
ローはスマホの画面を名前に突きつけた。読めと言うことだろう。
画面にはメッセージが表示されていて、文面からして彼の恋人からだろうことは予想できた。内容は至って普通。「どこにいるの?」だった。
『これがなに?』
「今日下校ん時も一緒に帰るって言ってたの忘れてた。」
『えええ〜じゃあ彼女まだ学校で待ってんの?』
「たぶんな、‥‥めんどくせえ。今回はなしだ。謝っとくからこのまま帰ろうぜ。」
『いや行ったほうが…』
「あ、ちょっと待てなんかまた来た。」
スマホ画面を見るローにつられて名前も首を伸ばして覗き込む。
『[学校の方向いて]?』
表示されたメッセージ通り二人が校舎の方を仰ぎ見ると、3階の真ん中あたりの窓に、片肘をついてこちらを眺める少女がいた。
おそらく無表情。特になにかジェスチャーをするわけでもなく、ただ二人を眺めていた。
『どこにいるのか知ってんじゃん…』
「女ってたまによく分かんねーメール寄越すよな。でもま、丁度良かった。」
ローはその少女にヒラヒラと手を振ると踵を返して名前を促した。
「ほら、行くぞ。」
『おう。挨拶だけでもできて良かったね。』
「だな。こういうのって意外と大事だったりするからな。」
ふん、と得意げに鼻を鳴らすローと、「分かってきたじゃん」と笑う名前。
そして二人が校門を出たところでローが再びスマホの画面を確認し、足を止めた。
『?』
「…はあ?」
『なん、』
「なんで別れましょうになるんだよ。」
『ははははははははは!!!!』
「おい!なんでだ!」
『え…知らないよ…なんかしたんじゃない?』
今回で58人目、と言ったペンギンの言葉が真実となったところで本人の成長は見られない。そしてそれを間近で見て来たであろう友人も同じく。もはや二人でこの件について考えたところで答えは出ないであろう。自分と同じような別れ方をずっとしてきた名前を側で見てきたから、ローにもそれはなんとなく分かった。
「もういい…全然うまくいかねえし面倒くせえ…」
何かを諦めてトボトボと歩き始めるローに合わせて名前も横に並んで歩き出す。
『そもそも好きでもなかったんだしそこまで落ち込むことでもないじゃん。』
「そこじゃねえんだよ…自分の人間性を信じられなくなるというか…」
『えっそれは無理でしょ。』
「えっ」
『えっ?』
「………。どういう意味だよ。」
『…人間性を語り始めたらもう……。…人間として生まれてきた事が不思議だよ。』
「まあ俺が人間なら他の奴らは虫けらだしな。」
『そういうとこだよ。』
そうこうしてる内に普段よく立ち寄るコンビニへと到着した。
夏を過ぎて肌寒くなってきたこの季節、ようやく姿を現し始めた肉まんに名前は夢中であった。カレー味もピザ味もそこそこいけるがお気に入りはやはりノーマルの肉まん。
ローはつくね棒を、名前は肉まんを買いコンビニの外へ出て駐車場付近で食べ始めた。
「半分いるか?」
『うん。』
こういう時、友人との趣味嗜好の相違は大事である。
名前とローにとって、コンビニに寄って買ったものを分け合うということは日常化されたものだったが、それはお互いに味覚が似通っているからできる事である。
そしてその事についてはお互いに理解しており、安心感とも呼べる心地よさを感じていた。
「………なんで彼女になるとダメなんだろうな。」
『は?…どうしたの、まだ言ってんの?』
「いや……、ふと思ったんだけどよ、俺とお前って長い付き合いじゃん。」
『比較的ね。』
「結構うまくやれてんじゃん。」
『………なんだよ、どうしたのまじで。』
「それがさ、なんで彼女になった奴等とは上手くやれねーのかなってなんとなく思ってよ。」
『………なるほど。そう考えると、友達としてなら付き合っていける男だけど付き合うのはちょっと…、ってゆーカテゴリになるな。』
「………最悪だなそれ。男として失格じゃねえか。」
『けどもしかしたら今まで別れた子とだって、友達としてなら長続きしてたかもしれないんだよ。そう思ったら可能性見えてこない?』
「何の可能性だよ、俺は友達増やしたいわけじゃ…、っていや待てよ、もしかしたら友達から始めればそのままの流れで恋人になっても長続きするんじゃねえか?」
『おお!頭いいじゃん!それそれ、それだよ!』
「しかし女友達っつってもな……ほとんどいねえし…長い付き合いっつったらお前くらいしか………」
『…………。』
その時、心地よい風は一変し、強い風が木々の葉を揺らし二人の間を過ぎ去った。
一瞬目を閉じたローが再び目を開けると、風になびく髪を抑え、俯く名前の姿が目に映った。
風は一瞬でやんだが、乱れた髪の隙間から覗く名前の瞳を見てローは思った。
「(そういえばこいつ……、なんで今日バナナなんて持ってたんだ……。)」
『まあお前の友達の少なさは知ってるよ…。協力してやるから…。』
「そうだな、とりあえず友達増やすところからだな……。」
お互いに恋愛対象とする考えさえ浮かばない。
けれど恋人よりも優先してしまう関係。
二人はその関係をなんと呼ぶのかすら考えたことはなかった。
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