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わんぴーす
3

ある晴れた昼下がり。
ローと名前は、ペンギンが一人暮らすアパートに集まり、週末だからと多めに出された課題にだらだらと取り組んでいた。「納得できない、なぜ週末だからといって宿題を多めに出す必要があるのか。」という話し合いは先ほど終わったところである。
小給付にと席を立ち、トイレから戻ってきた名前をペンギンが呼び止めた。


「おい、トイレのドア開けとけ。」

『は?』


普通逆じゃね?と思いつつ、まぁここは家主の言う通りに…と素直に扉を開けた。


『なんで開けんの?』

「おめーの後がクセーかッ…」


ローが何かを言い終える前に彼の顎を下から蹴り上げ黙らせる名前。仮にも思春期の女子に対してこのデリカシーの無さ。冗談だとしてもせめて躊躇うくらいしてほしかったところだろう。


『で?なんで?』


顎を抑えて床に突っ伏し拳を震わせるローを無視してペンギンに再び問う。
まさかローと同じことを言わないだろうな…と若干緊張しながら。


「…だって、怖いだろ。」

『…?』

「誰も居ないのにもし中からノックされたら、怖いだろ?」

『……ぇ、は?』


ちょっと何言ってるのかよく分からない。
復活したらしいローと顔を見合わせて互いに眉を顰める。


『…えー…、ペンギン、なんか見たの?』


もしかしたら一人きりのこの部屋で何か霊的なものを見たのかもしれない。ペンギンにそんな能力があるなんて聞いたことはなかったが、仮に見えていたとしても「ああやっぱり」と思わせる雰囲気は持っている。
しかしペンギンはその疑問を否定し、そして淡々と続けた。


「じゃあ、もし中からノックが聞こえてきたら、お前らそのドア開ける勇気あるのか?」

『……。』


そう聞かれて再びローと名前は顔を見合わせ、その後ゆっくりをトイレの方を振り返り見た。
ローはのそりと立ち上がるとおもむろにトイレのドアへ近づき、その音を確かめるように恐々とその板を二度ノックした。


「こん、こん。」


どこにも共鳴せずに短く響いた淡白なその音は、トイレのドアという薄い板の心許なさを物語っている。不気味な感覚が肌を撫で、名前とローはその時感覚的にペンギンの意味を理解した。
内側からこちらを伺うようなその音は、自分たちが思っていた以上に不安を掻き立てられるものだったのだ。


「……。」
『……。』


目を伏せおし黙る二人に、「だろ?」と言ったペンギンは無表情だった。


『ねぇ!なんでそんな冷静なの!?怖くない!?怖いって!!』

「だからそう言ってるだろ。」

『なんで引っ越さないの!?なんで普通に住み続けられるのさ!?』

「引っ越した所で同じだろう。トイレなんてどの家にもついてるんだし、なんならお前らの家だって同じこ」

『言わないでよおおおお!』
「言うなああああ!」


耳を抑える二人を一瞥したあと、呆れたようにため息をついたペンギンは「いいから宿題やれ」と言って再び目の前の宿題に意識を戻した。


『置いてかないでよぉ!』

「名前!早く終わらせてこの部屋出るぞ!」

『…!う、うん!分かった!』


ローと名前は机に齧り付く勢いでペンを手に取り目の前の宿題に没頭し始めた。


『ロー!ここ教えろ!』

「なんで分かんねーんだ!ここはだなあ!」


今までに見せたことのない鬼気迫る勉強会のおかげで、3人の課題はあっという間に終わりを迎えた。


『終わったあ!』

「なんかどっと疲れたけどな…。」

「お疲れ。なんか飲むか?」

『飲むー!何があるのー?』


宿題を集中してやり遂げたおかげか、先ほどの恐怖心など消え去ってしまったらしい。
ローと名前はリラックスした様子で、冷蔵庫の中を覗くペンギンの返事に耳を傾けた。


「トマトジュース、ヤクルト、リポビタンD、甜茶ならあるぞ。」

『なんで?絶対おかしいよね。』

「お前のラインナップ特殊すぎて面倒くせえんだよ。」

『普通にオレンジジュースとかコーヒーとか麦茶とか無いの?』

「ああ、そういうやつか。待ってろ、今作るから。」

『何作るの?』

「オレンジジュース。」

『なんでそっち作るんだよ。』

「オシャレかよ。」


ペンギンが冷蔵庫からオレンジを1つ掴んだところで
「こん、こん、」とゆっくりとドアをノックする音が聞こえた。その瞬間、先程の一幕が頭をよぎり、顔を強張らせ身構えてしまったローと名前。しかしノックが聞こえたのはトイレからではなく、玄関からだった。
ペンギンはオレンジを元の場所に戻し冷蔵庫を閉め、玄関に向かった。扉を開けて立って居たのは二十代前半頃の女性だった。


「あの、ごめんなさい、タマコがこちらに来てはいないでしょうか…。」

「ああ、今日は来てないみたいですけど。」

「そうですか…どこ行っちゃったのかしら…いつも気付いたらドアが開いてて…」

「近くにいるかもしれませんし、ちょっと見てみましょうか。」

「あ、ありがとうございます…」


ペンギンはくるりと二人の方を振り返った。


「お前ら、ちょっと出てくるから、大人しくしてろよ。」

『はいよー』


ペンギンは何かを探しにその女性と部屋を出てしまい、名前はふーんと息を付き目の前の机に両ひじを着いた。


『タマコって何だろうね?』

「さあな。猫とかじゃねえのか。」


ローは両手を後ろでにつき興味なさげに呟いた。


『じゃああの人お隣さんかな。』

「隣に人なんて実は住んでなかった…ってゆー怖い話あったな。」

『ちょっとやめてよ割とマジでゾッとするから。』

「アイツそういうのに好かれそうだもんな。」

『はははちょっと分かる』


その時、二人はカサカサという不気味な音を耳にした。これがどういった音かと形容しがたい部分もあったが、その音の中にはフローリングの床を爪で引っ掻く様な音も混じっていた。
二人は目を合わせ、眉を顰めて辺りを見渡した。


「なんだこの音、どっから…」

『え、ちょっと……』


二人は瞬間的に見るのを躊躇った場所があった。それは先ほどペンギンと話した場所。そして自らが試した場所であり、恐怖の場所でもある。意を決してゆっくりと首を回転させ音の根源へと目を向けると、先ほどまで開いていたと思っていたトイレのドアは、いつの間にか閉まっていた。


『……ねぇ、ロー…あんた…扉、閉めたの?…』

「…覚えて…ねえ…」

「こん、こん。」

『……!!』
「……!!」


短く響いたその音に、二人は驚きの声さえあげられなかった。
一瞬で空気が張り詰め息をするのにも緊張してしまう。
身動きできずにいた二人はそのノック音の正体を確かめる事も出来ず、ただその扉を凝視していた。
しかしいくら待ったところで再びノックが聞こえることもなく、その妙な沈黙は更に不気味さを助長させ二人の心拍数を上げていった。

しかしその時、名前は奇妙な事に気が付いた。


『ね、ねぇ。今のノック、なんか下の方叩いてなかった?』

「下の方って…一体どんな体勢で……」


やけにリアルにその状況を想像してしまったローはズリズリと床を這うように後ずさった。そして名前もまた同様に後退りながらローの腕に捕まった。

その時再びノック音が部屋に響いた。

『ひっ!…ね、ねぇ…やっぱり下の方から』

そして再び。

『ひい!』

音は確かに下の方から聞こえていた。

『ロー!』
「うるせえ…んな事分かってんだよ…」

大声を出せば恐怖が助長されるだけだと直感したローは努めて平静を保とうとしていた。
そして四度目のノック。今度は先ほどよりも強く扉を叩く音。

『ロー!この音、さっきより大きく』
「分かってるよ!聞こえてんだよ!」

音はどんどん間隔を狭めて、まるで早くドアを開けろと急かしているようだった。

『ねぇヤバイよ!どんどん大きくなってる!』
「うるせえ黙れ!」

そしてノックの音は更に大きく、速度を上げ、遂には鳴り止まなくなった。

「こんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこん」

『うわああああああああ!』
「うわああああああああ!」


緊張感に耐えきれなかった名前の悲鳴を皮切りに、二人は素晴らしいスタートダッシュで玄関まで行くと靴を手に取り部屋を秒速で脱出した。転げ落ちるように駆け下りた階下にはペンギンと女性が立っていたが、彼らに気付く事もなく二人は絶叫しながらそのまま走り去って行った。

状況を上手く飲み込めないでいたペンギンと女性は、未だ道路の方から聞こえる名前の絶叫とローの怒声に唖然としていた。


「ええと…今のお友達…ですよね。何かあったんでしょうか…」

「……さあ。ちょっと部屋見て来ます。」


ペンギンと女性がアパートの階段を上がると、ペンギンの部屋のドアは開け放たれていた。
ペンギンはそのまま部屋に入り、女性は若干ビクビクしながら部屋の中を覗いた。
しかし部屋の中はただただ静かで、おかしなところは特に見当たらない。


「あ、あの…」

「何もないみたいですね。下に戻りま」

「こん、こん。」

「……!」


ペンギンが諦めて玄関の方へ戻ったところで、部屋に再びノック音が響いた。
その音に気付いたペンギンが部屋を振り返ると、閉められたトイレのドアを見てため息をついた。
すぐにトイレの前まで行くと、迷う事なくそのドアを開けた。


「タマコ…!」

「来てたみたいですね。」


そこに居たのはインコだった。外へと通じるトイレの窓から入ってきたのだ。
ペンギンはインコを指に乗せると女性の元まで戻り、それを手渡した。


「ありがとうございます!良かったあ!タマコ!……ごめんなさい、いつも……。」

「大丈夫ですよ。外に逃げなくて良かったですね。」


女性は何度もお辞儀をしながら去っていき、ペンギンは玄関の扉を閉めて散らかった宿題たちを見て軽くため息をついた。


「だからドア開けとけって言ったのに…。」


きちんと説明をしておけばこんなことにはならなかっただろうが、
なんだかんだと彼らのこういった反応をどこかで楽しんでいる自分がいることは自覚していた。
じわじわと込み上げる感情に、ペンギンは僅かに口角をあげて一人静かに肩を揺らした。





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あきゅろす。
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