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わんぴーす
4

「おい、」


帰りのHRを終えた途端、ローは隣の席に座る名前に声をかけた。しかしその視線の先はHRの前からずっと操作されているスマホへと向けられている。


「知ってるか?」

『何?』


反射的に返事はしたものの、名前の視線も意識もローへは向いてはいなかった。彼女は本日の宿題を机の上に広げていた。学校で全て終わらせて出来る限り持ち帰るものを少なくするためだ。


「ミツバチって人間よりも多くの色を見れるらしいぞ。」

『は?何それ。どういうこと?』


この時初めて名前は彼がスマホをいじっていたことに気付いたわけだが、ローは未だこちらを窺い見ることもせず、スマホの画面を眺めながら名前に説明した。


「人間って紫外線も赤外線も見れねーし、見れる色って限られてるだろ?ミツバチって普通の色に加えて紫外線の色もわかるらしいぜ。」

『限られてるだろ? って言われてもお前と私の一般常識ちょっと違うんだよな…。いまいちピンとこないし。』

「ああ?…んー…そうだな、例えば…ミツバチにとってリンゴは赤色に見えてないかも…とか。」

『!…へえ、…じゃあ何色に見えるのさ。』

「………あー…なんかそういうのは書いてない…かもな。 …分かんね。たぶん。」

『は?何だその曖昧なサイトは。ちょっと見せっ…』


椅子から乗り出してローのスマホを覗き込んだが、ずらりと並んだアルファベットの羅列は名前にとって英語かどうかすら判断し難いものだった。
数秒固まったあと、タイトルは太文字なんだな、と理解した名前は静かに席に座りなおした。


「ああ。だからちょっと流し読みしにくくてな…。ぱっと見書いてねーっぽい…下の方には書いてあるのか…?」


再び画面の中に意識を没頭させようとするローに対し、一気に興味の薄れた名前はひらひらと手を払った。


『いーいー。別にミツバチが何色見ていようが私には特に関係ないし。』

「は?…お前、これ聞いて何も感じねーの?」

『は?』


ようやく名前の方を向いたローだったが、その表情は見るからに不服そうだ。


「この世には俺らが見れない色があって見れない世界があるってことだぜ?
もしかしたらまだ解明されてないだけで、他にもめちゃくちゃ沢山の色が存在してるかもしれねーんだぞ。」


『例えば?』

「知るか、誰も知らねーんだから名前なんてねーだろ。
とにかくだ。俺らが見れねー色があって、もしかしたらその色で出来た生物とかがいて、そいつらは今まさに俺らのそばにいるかもしれねーってことだ!」

『…色違いの人間…とか?』

「いるかもしれねーな!そいつらはそいつらにしか見れない食べものとか食ってるんだ。で、俺らと同じように文明も進化してて、俺らには見れない都市とか作ってんだよ!」


ローはキラキラと目を輝かせ、胸の前で握りこぶしを作り遠くを見つめた。ローの胸は確かに高鳴っていた。見たこともない、誰も知らない世界は自分の探究心を刺激するのに充分であったし、誰も見たことのない財宝を夢見ているかのような高揚感があった。


教室にいた生徒たちは部活へ行くものと帰宅するものがいたが、それぞれ教室を出て行き、残ったのは名前とローだけ。最後の生徒と入れ違いにペンギンが入ってきた。


「何してるんだ?」


ペンギンの登場に気付いたローはスッと拳を引っ込め机に頬杖を付き、窓の外を遠い目で眺めた。


「冒険ごっこ。」

「外でやれよ。」

『ローは夢見がちだよね。』


同じように頬杖を付いてローを見つめる名前はわずかに苦笑いをした。幼い頃から一緒だった彼は、いつでも新しいことに興味を示したし、新しい発見というものに憧れを抱いている部分があったしそれは今でも変わらないのだ。


「名前、宿題学校で済ますのか?」

『うん。荷物減らしたいし。』

「そうか。」


ペンギンは彼女の目の前の席をひょいと持ち上げ、彼女と向かい合わせになるように机をくっつけた。


『ペンギンはなんの宿題があるの?』

「数、科、英。」

『あ、じゃあ数学教え…っ』


突然、開け放たれていた教室の扉が勢いよく閉まり、その大きな音に名前は咄嗟に肩をすくめた。


『…?』
「?」
「?」

そして、

「ちょっと待てーーーーぇぇぇいいい!!!」


勢いよく開けられた扉からこれまた大声を上げながら入ってくる一人の男子生徒−−−シャチの姿が。


『…え、なんで一回扉閉めたの?』

「開けたかったんだろ。」

「うるせえ!なんだよさっきから聞いてりゃあ!色がどーの宿題がどーの!」

「お前いつからそこに居たんだよ。」

「うるせえ!まるで日常の一コマじゃねえか!代わり映えのしない日常生活じゃねえか!」

『いや、だってまあ代わり映えのしないただの日常だし…』

「俺!!!今日!!!転校してきたんですけど………!!!」


シャチは今にも泣き出しそうな目で怒鳴りつけ、震える人差し指を3人に向かって突きつけた。


「なんで誰も俺の教室に来てくれねえの!? 俺今日転校してくるからってメール送ったじゃん!」

『知ってるよ。なんでこっちの教室来なかったの?待ってたのに。』

「いや待ってた!俺のほうがスッゲー待ってた!なんなら昨日から楽しみすぎて夜も眠れず今日を待ってたわ!」


3人の親友であるシャチは小学校五年生の時に県外へ引っ越し、先週再びこの街へ戻ってきたのだ。今日はシャチにとって登校初日。事前に3人に通達しておいたため、今日は朝から感動の再会を想像しながらそわそわしていたのだ。


「普通友達が地元帰ってくるってなったら喜んで教室まで駆けつけてくるもんじゃねーの!?
教室がちょっとした騒ぎになってさ、クラスメイトが、なになに?お前ら知り合いなの?みたいなさ!いやクラスメイト知り合い結構居たけどね!?地元だから!!」


「シャチ、諦めろ。」

「ペンギン………」


今にも泣きそうなシャチに向かってペンギンが凛とした声で涼やかに続ける。


「こいつらに人並みの配慮があれば今頃普通にクラスの人気者だ。」

「(コイツ……!平然と自分は関係ないアピールを……!)」

『ははは!もーシャチ冗談だよ!おかえり!』

「名前………」


名前がシャチに笑いかけると、ローもふっと鼻で笑い口角を上げた。


「…よーシャチ。待ってたぜ。」

「ロー……。」


二人の笑顔にシャチは自然と肩の力が抜けて顔を緩めた。
単純と言われる性格だが、だからこそこの3人とつるんでいられる、ということでもある。


「さて、じゃあ今日はもう切り上げてどっか寄ってくか。」

『わー私マック行きたーい!』


ローがそう提案して立ち上がると名前は手を上げてそれに賛同した。


「馬鹿、こういうのは主役が決めるもんだろ、なあシャチ。」

「えっ、お、おれ?ええ……と…」


先ほどまでと全く違う3人の態度と視線に一瞬戸惑ってしまったシャチだったが、一人ずつ冷静に視線を合わせると、懐かしさとともにようやく自分の居場所へと帰ってきたのだという実感が湧いて来た。
それがなんだかくすぐったくて、シャチはハニカミながらも笑顔で答えた。


「……、じゃ、マックで。」

『やったー!』

「よし、行くか。」

「……。」


ペンギンだけは何も言わず席を立ったが、彼が無口なのはシャチも十分承知していたので、特に何も言わなかった。まあコイツには期待するだけ無駄だろうな、と思いながらペンギンを眺めていると、それに気付いたペンギンは一瞬少しだけ目を細めて微笑んだ。
その表情は彼がシャチの帰郷を心から歓迎していることを伝えるには充分な代物であり、驚きのあまりシャチを凍結させるのにも充分な威力を発揮した。


『シャチー?早く行こー』

「えっ?あ、ああ!」


準備を終えた3人がドアの前でシャチを呼ぶと、我に帰ったシャチは慌てて3人の元へ駆け寄った。








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