16
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目を覚ますと不思議な天井の模様が見えた。
今なら分かる。これはジャンの身体のと同じ模様なんだ。
「おっ! 目ぇ覚めたか?!」
「……ジャン……」
今度はエプロンを外したジャンが、ずんずん歩み寄って来た。半日も離れていなかったのに、その出で立ちがとても懐かしい。シュクルが手を伸ばすと、その大きな手で包み込むように、しっかりと握り返してくれた。
「覚えちょーか? お前豹馬の上で気を失っちまったんだと。嬢がものっそ機嫌悪そうな顔してお前を肩に担いで入って来た時にゃ、オッチャンはてっきり嬢がお前をやっつけちまったのかと思ってなぁ……ついついそう言っちまったんだ。そんだら思いっきし蹴られちまったよ!」
「えっ」
シュクルは男が数メートルも吹っ飛んだシーンを思い出して固まる。
「大、丈夫なの?」
「でぇじょうぶだ、ちぃと痛かったがな! ダァーハッハッハッ!!」
夜中だと言うのにジャンは昼間と同じように大笑いする。後ろから、相変わらず眉間に皺を寄せたハルトがやって来た。外套を脱いで腕まくりをしているその手には、茶色の液体が少量入ったコップが握られている。
「貴様はもっと静かに笑えんのか。シュクルの身体に障るだろう!」
「そういうハルトこそ、ちったぁ笑ってみろってんだ!」
「今は笑うところではない」
「シュクルが戻ってきたんだから、笑うところだろ?」
「まだ熱があるから油断できん。
それに私だって人だ……笑う時は笑う」
「それはそれで怖いな」
「やかましい」
ハルトは低い声でそう言うと、シュクルにコップを手渡した。
「飲め。熱冷ましだ」
「甘い?」
「ああ」
ハルトが頷く。シュクルはコップを受け取ると一気に飲み干した。
「……にがい」
「ああ」
「……ひどい……」
「すまなかった」
ハルトが金色の目を伏せた。
「怖い思いをさせたな」
「ううん」
シュクルは首を振る。
「うろ覚えなんだけど……ベニアさんが言ってた。ぼくを助けようと、ジャンもマナエン様もみんな必死になってくれてるって。ぼくがもっとしっかりしなくちゃいけないって」
「シュクルは何も悪くない」
言い切ったハルトに、シュクルは屋敷であったことを正直に話そうと思った。けれど短い時間の内に色んなことが起こり過ぎて、上手く説明できそうになかった。熱のせいだろうか、上手く頭が回らないのだ。
それに記人がどのようにして情報を得ているのかは分からないけれど、どのみちハルトには直ぐに全てを知られてしまう気がした。
ただ――。
「記人は記憶喪失を治す術を使えるんだよね?」
『いつか思い出せたらいいね』――最後のヒフミの言葉。その意味だけは今確認しておきたかった。ロッソの話は嘘などではなく、自分はただその機会を失っただけなんだと信じたかった。
ハルトはシュクルの目を見ながらハッキリと述べた。
「そんな術は存在しない」
シュクルの目が揺れた。
ハルトは必死に心が壊れないよう自律しているシュクルに、ただ一言言った。
「シュクル。決して甘い言葉に惑わされるなよ。甘いのは菓子だけで十分だ」
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