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 ***

 ミスターと男たちの間に朱色の髪が閃いた。

「ハアッ!」

 ベニアは剣の柄で男の鳩尾を突くと、目の前で崩れ落ちるのが邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばした。
 全く容赦ない。男は数メートル吹っ飛んで動かなくなった。
 ベニアはさらに剣を構える。
 後に続くかと思われた男たちだったが、ロッソの指示もないのに動きを止めてしまっていた。相手にしたものの大きさに気付いて、賢明な判断をしたのだろう。

「――くそっ」

 ベニアはほんの一瞬の間に、跡形も無く消え去ったミスターに舌打ちをした。自分が助けに入らなくても良かったのだ。
 そして前に向き直ると、腰が抜けて座り込んでいるシュクルを一瞥し、隣のヒフミ、そして剣を納めないロッソを睨み付けた。

「最後の一発は余計よ、ベニア」

 ベニアとは別の声がして見ると、そこにはラベンダー色の髪の女がいた。背の高いベニアと比べると、まるで子どものように小柄だったが、その凛とした佇まいは、ベニアよりもずっと大人びている。

「マナエン様……」

 ロッソが抜き身の剣を下げたまま、歯ぎしりをするように言った。

「ロッソ、今すぐシュクルを解放しなさい。そして何人たれど傷付けることは許しません」
「なんだと?」
「ええ」

 マナエンが頷く。

「本日正午を以て父ミーグは退任し、私(わたくし)マナエンが後任を務めさせて頂くことになりました。
 私がラウァーレ家領主です」
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿はアンタよ」

 ベニアはここぞとばかりに噛みつく。

「ミスターやボウヤに嗅ぎ回ることに必死で、そんな情報も手に入れられないとはね! その上こんなことを仕出かしたんですもの。もうここには居られないわよ? ただでさえ鬱陶しいのに役に立たないアンタたちなんか――!」
「口を慎みなさいベニア。私たちは喧嘩をしに来たのではないわ。
 ベニアの非礼は詫びます。けれどロッソ、貴方のやり方は間違っています」
「間違っている?」

 ロッソは剣を収めながら睨む。

「それを言うなら、ミスターへの尋問が終わってからにして頂きたかったものだな。ミスターが全ての元凶だという真実は目の前にあったというのに、貴女はその機会を奪ったんだ」
「ロッソ、尋問と拷問は別のものですよ。暴力は時として真実を葬り去る」

 マナエンはロッソの後方にいるシュクルを見る。その表情がほんの少し曇ったような気がするのは、シュクルの頬が腫れていることに気付いたからだろうか。
 シュクルは目を逸らした。彼女は凛として清浄なのに、自分は薄汚れたネズミみたいに小さく弱く、惨めだった。

「シュクルを今すぐ解放しなさい」

 はっきりと通った声に、ゆっくりとシュクルの前に道が開けられた。
 シュクルはまた戸惑って、マナエンやベニアを見るより、ヒフミを見上げた。ヒフミはシュクルなど見ておらず、ロッソを見ていた。



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