8 「オッチャンにプレゼントだって?」 菓子屋の前だった。 野次馬の輪に囲まれて、ジャンとハルトが誰かと話しているようだった。 (何にも見えない……) 目の前にいる野次馬の頭が邪魔だった。しかし身体が動かない。 (そっか。これはぼくの身体じゃないんだ――あっ) 身体が勝手に動いた。どうやらここでヒフミが移動したらしい。 人を押し退けて前へ進んでいくと、今度は山のような花と、色とりどりの液体が入ったビンを積んだ荷馬車が視界を阻んだ。 「オッチャンの誕生日はまだ半年先だぞ?」 「キミに拒否権はないよ」 初めて聞いた声は、ねっとりとした中性的な声だった。 「ミスターが決めたことだから、誰にも変えられない」 ゴトン、と何か重たいものが地面に置かれる音がした。 「これは……」 「ガハハッ! おいおいミスター、オッチャンのにしては小さ過ぎるんじゃねぇか?」 「おい、主人」 「えぇんだ。兄ちゃんが気にするこたねぇ」 (ああ、なんでもっと前へ行かないの?!) シュクルはヒフミの立ち位置を恨んだ。今、荷馬車の向こうでジャンとハルトが会話しているのは、ミスターに違いなかった。こんな近くにいるというのに、顔さえ見えないなんて歯痒過ぎる。 「コレはとっても繊細だからねェ……気を付けて」 シュクルがやきもきしている間に、ミスターはプレゼントをジャンに渡したようだった。 そこで再び身体が動き出す。横から回り込むつもりらしい。 「繊細? 蜜細工じゃねぇのか?」 ジャンの顔が見えた。傍にハルトも立っている。そしてその前に立っているのは――。 「ユメじゃない。けど、とっても甘ぁい」 ショックで何も聞こえなかった。シュクルは見た。見間違えるはずもない。 自分が真っ黒な棺桶に入っていた。 「こりゃァすげぇ、大作じゃねぇか!!」 棺桶の蓋を落としてジャンが目を見開く。 「ははぁ、棺桶なんかに入れやがって。オッチャンを驚かそうとしたんだな? これ《ユメ》で作った人形だろう? ミルクみてぇな肌。クリーム色のふわふわした髪。見るからに甘そうだな! いやでも、本当によくできてらぁ……」 ジャンがまじまじと“人形”の顔を覗きこむ。 ミスターの口角がつり上がったことも、ハルトがそれを見て眉間の皺を深くしたことも、シュクルの目には入っていなかった。手のひらは玉の汗を握っている。 「おい」 ハルトの声と同時に“人形”の頬に触れたジャンが閉口する。 それは紛れもない人肌の感触だった。 「ミスター?!」 聞いたこともない怒号にも似たジャンの声が事件だと告げた。 隣で女の人の悲鳴が聞こえ、クモの子を散らしたように野次馬が逃げて行く。 予測された展開。シュクルは他人事のように突っ立っている。 「死体じゃない」 ミスターが笑う。 「今、生まれたんだ」 「あああぁぁぁぁあああ!!」 [*前へ][次へ#] [戻る] |