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「シュクル!」
「ジャン、たすけて……」
赤髪の男の後ろから出てきた、水色の髪の男に引っ張られ、シュクルは外に連れ出される。
身を低くして抵抗しジャンに手を伸ばすが、引きずられる裸足の痕だけが、虚しく地面に残った。
「やめて……あ」
ふと脇腹に金属のようなものが触れた気がして見る。
剣だった。
男たちは皆、剣をさげている。
「……い、やだ……」
恐怖で眩暈がした。
ジャンとハルトを傷付けないで――。
「シュクルを離せ、乱暴するのはよしてくれ! なんだってんだ? シュクルはなんも悪いことなんかしちゃいねぇぞ?!」
「そのとおりだ。お前たちの仕事は治安維持のはず。矛盾もいいところだ。人攫いとなんら違いない」
「人攫い? 我々をミスターと同じにしないでくれ」
ジャンとハルトに赤髪の男が冷笑した。
「我々はただ、奴に関する二つの事件の、重要参考人を引き取りに来ただけだ」
「二つの事件?」
「誘拐と鶏殺しの事件さ」
「鶏殺しだって? んなもん、ミスターどころか、シュクルとは何も関係ねぇじゃねぇか!」
鶏殺し、とは最近新聞で取り上げられている事件だった。
野獣が侵入した形跡も無いのに、一晩のうちにしてすべての養鶏が無残に殺されおり、そしてその被害は、初めは街はずれにある民家で起こったが、徐々にこの街の中心部へと広がってきていという。
「ただの偏見だ」
ハルトが言い放った。
「偏見ではない。現にミスターが現れ始めた時期と、鶏殺しが起きた時期は一致している。これは偶然ではない」
「二つの事件を都合の良いように混同するな! 奇人だからといってミスターを証拠も無いのに犯人扱いするなど、愚かしいにも程がある。
それにミスターが人攫いだとするならば、シュクルはむしろ被害者だろう。なぜこんな乱暴に連行する必要がある?」
「……分からないか?」
赤髪の男が剣を抜く。
「ミスターは全てが謎に包まれた存在。あらゆる手を使ったが、素性はおろか住処さえつき止められなかった。
未だかつてこんな屈辱を受けたことは無い!」
剣を地面に突き立てた。
「そんな中で唯一残した証拠がシュクルだ! シュクルはミスターに関する唯一の証人であり証拠なのだ。それをみすみす逃すわけにはいかない。
こいつが被害者かどうかは俺たちが決める。お前たちの指図は受けない!」
(さっぱり意味が分かんねぇ)
ジャンが首を傾げ、ハルトに説明を求めようとする。
しかしハルトの表情を見ると、そうはいかないようだ。
「ひとりの人間を証拠呼ばわりか……傲慢だな!
こんな奴が記人だったとは、聞いて呆れるわ!!」
「どういうこと」
ハルトの怒声にシュクルの身体から完全に力が抜けた。
記人は賊みたいな真似はしないと、ジャンは言っていたのに。
「何とでも言うが良い。俺たちは、とうの昔に組織を抜けている。
ヒフミ、早くしろ」
「――シュクル!」
ヒフミと呼ばれた水色の髪の男が、シュクルを黒い馬車へ押し込み、駆け寄ったジャンを阻んだ。
「心配するな。身の潔白が晴れるまで、シュクルは我々が責任を持って預かる」
「そうはいかねぇ!」
ジャンが叫んだ。
「ミーグがこんなことを許すはずがねぇ!」
「……そうか、お前は領主の友人だったな」
「違う。兄弟だ」
ジャンは誇らしげに笑った。
「オッチャンは詳しくねぇから分かんねぇけど、お前らはミーグに逆らえないんだろう?」
「ああ」
剣を収めた赤髪の男が馬車の前にやってくる。
「我々アラギジルは領主の許可を得て活動している組織だ。
その領主の命令に背くことは即ち、領地からの追放に直結するということ」
「そりゃ良い!」
ジャンが大きく口を開けて笑う。
「こんなことしちゃあ、ミーグに追い出されちまうぞ? ミーグはこういうの大嫌いだからな! チクっちまうぞ!!」
「その領主は、今留守だそうだが?」
「げっ?! ……知ってたのか」
「馬鹿か!!」
ハルトがジャンを叱り飛ばした。
「元は記人だと言っただろう! 情報戦で勝とうなど無謀にも程がある!」
「すまねぇ」
二人の様子を鼻で笑ったヒフミが、御者の席に座って手綱を握る。
続いて赤髪の男が車のドアに近付くと、それをハルトが阻んだ。
「ミーグ様が戻って来られた時、お前たちはどう言い訳するつもりなのだ?」
「言い訳など必要ない。それまでに事件は解決している」
「シュクルは記憶喪失だぞ」
「思い出させるさ……あらゆる手を使ってな」
ハルトを押し退け赤髪の男が乗り込む。
動き出した馬車――その窓に見えたシュクルの絶望した眼差しに、ジャンは拳を震わした。
「シュクルーー!!」
「追い掛けたところでどうする?」
走り出したジャンをハルトが制する。
その意外な力強さにジャンは目を見開く。
「良識だけでは及ばないことがあるのだ。殊に奴らに関してはな」
「どうすりゃいいってんだ?!」
「権力で制する」
ハルトが踵を返し、反対の方向に歩き出す。
「シュクルが“無い記憶まで思い出させられる”前に手を打つぞ」
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