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「もっと急げ」
「は、はいぃ!」
馬車が壊れそうな音を立てながら走っている。
御者は流れる汗を拭うことすら忘れて、ひたすらに鞭を振るっていた。
順番待ちの客を押し退けてきた急ぎの客が、邪険に扱える職業の者ではないと知ったからではない。彼の凄まじい威圧感に圧倒されたからだ。
「まさか乗馬できないとはな。聞いて呆れる」
「すまねぇ」
激しく揺れる狭い馬車のなかで、ジャンがその巨体を縮ませている。
ハルトは徐々に近づいてきたラウァーレ家の本屋敷の灯りを睨む。
本当なら一人馬をとばして来ることもできた。しかしジャンを連れて来ない訳にはいかなかった。
「なあ、ハルト。オッチャンはどうも分からん」
ジャンが顎に手を当てる。
「アラギジルの奴らは一体何を言ってたんだ? どんだけ考えても、ちっともシュクルを連れてく理由が分からんのだ」
「私にも分からん。理解しかねる」
「へえッ?!」
ジャンが素っ頓狂な声を上げる。
「ハルトにも分からんことがあるんだなァ! そうかそりゃオッチャンにも分からん訳だ!」
ガハハとジャンが笑う。それは昼間と変わらぬ快活な笑い声だった。
「……ああ。私も未熟だな」
ハルトは決して笑わなかったが、一瞬自身の眉間が緩むのを感じた。
まだシュクルが助かったわけではない。しかし、どうもこのジャンパルダフラという男といると「何とかなるのではないか?」という根拠もない楽観主義がうつるようなのである。もちろんそんなものに髄まで毒される自分ではないが。
「シュクルをアラギジルから取り戻す。そのためにはお前のコネが必要だ」
ハルトが腕を組む。
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