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ランタンも要らないくらい明るい月の下ラベンダーの匂いが濃く漂っている。
ロッソとヒフミを含めて十人ほどだった……アラギジルは意外に少人数の組織らしい。ロッソが一人前に出、その後ろに部下たちが続く形で布陣している。シュクルは部下たちの間に挟まれるようにして立っていた。隣にはヒフミがいる。
「お出ましだね」
林の奥を見ていたヒフミが面白そうに目を細めた。
(どうしてぼくは――)
シュクルは鼓動が速くなるのを感じながら、ヒフミの記録に見た人物を思い出していた。
(どうしてぼくは、ミスターが男だと思い込んでいたんだろう?)
――……じゃらり。
――……じゃらり。
髪飾りが揺れて擦れ合う音が近付いてくる。実にゆっくりとした歩みだ。
「彼こそが君を棺桶に入れた張本人さ」
“ミスター”――それは金の鳥籠を片手に下げた、それは美しい風貌の人物だった。
男とも女とも言い切れない。長い紫紺の髪が片側でゆるく結われ、惜しみない程の花で飾り立てられている。
ヒフミが呟くように「あれは生花じゃない、蜜細工だ」と教えてくれた。
「こんばんは」
赤黒い紅をひいた薄い唇が開く。
「あァ……初めましての方がイイかな?」
ミスターは空の鳥籠を胸に抱いて首を傾げる。長く広い袖口から蝋のような肌が覗いた。
(さあ……どうする?)
ヒフミはロッソが沈黙を破るのを待った。どんな手を尽くしても素性はおろか、住んでいる場所さえつき止められなかった人物が、自ら敵の本拠地に現れたのだ。
ヒフミ自身はチャンスが飛び込んできたのだと思い直すことができた。しかしプライドの高いロッソが素直に喜ぶはずがない。
「お前自らここへやって来るとはな……」
ロッソが努めて静かに言った。
「ミスターはただ道に迷ってしまっただけだよ」
「……戯け」
人を疑うことを知らないシュクルでさえ、彼が道に迷ってしまったかのようには見えなかった。
剣を構えた男たちがいるというのに、ミスターは何が可笑しいのか、にやにやと気味の悪い微笑を浮かべながら近付いてくる。実に楽しそうなのである。全身がまるで作りもののようなのに、マゼンタの瞳だけは異様に生気があって爛々としていた。
「キミたち、バイタードラップって知ってる?」
ミスターが唐突に言った。
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