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「バイタードラップ? 何だそれは」
「ふぅん。記人でも、知らないことがあるんだねェ……。ああ、元記人だっけ?」
ロッソの顔が歪む。
ミスターのペースに巻き込まれ始めている自分に腹が立った。どうもこいつとはやりにくい。早く力で抑えつけなければ――。
「その元記人に何の用だ。自供か?」
「やだなァ、ミスターはなにもしていないよ」
「嘘をつくな。シュクルの件、鶏殺しの件、これだけの事をしておきながらよくも抜け抜けと……!」
ミスターは首を傾げる。
「シュクルのことは兎も角……トリなんて知らないよ? ああ口にするのもおぞましい! だって」
黒く塗られた長い爪が苛立ち気にガリガリと鳥籠を引っ掻く。
「ミスターは、あのイキモノが死ぬほど嫌いなんだ。あれを見るくらいなら毒を飲んだ方がマシさ」
「その鳥籠はなんだ?」
「これはあんなモノを入れるために作ったんじゃない。バイタードラップのためのもの……」
ミスターは立ち止まった。
「質問は終わりだよ」
ミスターがシュクルに向かって真っ直ぐに手を伸ばす。それはまるで『手を取れ』というようで――。
「シュクルはジャンパルダフラにあげたモノ。キミたちがどうこうしていいモノじゃないの」
「ミスター……?」
もしや彼は敵ではない? このぼくを助けてくれようとしているのだろうか?
目に見えて動揺するシュクルにミスターは瞳孔を開いて笑った。
「ああ……なんと甘美なことか! キミにミスターと呼ばれる日が来るとはねェ……。一体誰が想像し得ただろう?!」
興奮して恍惚の表情を浮かべる彼の瞼、目元のグラデーション。そして髪にもある光。
(なんだ、あれは……?)
ヒフミは真っ直ぐに見据える。
角度を変えるたびに繊細な光を放つそれは一体――?
気付いた瞬間全身が粟立った。彼はおびただしい量の蝶の鱗粉で化粧しているのだ。
「やはりお前はシュクルを助けに来たんだな?」
ロッソは剣を抜いた。
「それは違う。ミスターは忠告をしにきただけ。キミたちのようなやり方は単純で醜いから嫌いなんだ。
それに……シュクルを放っておかない人は、他にもいるだろう?」
「お前がその内の一人だということは間違いないようだな」
ミスターは肯定も否定もせず、ただいやらしく笑った。
「捕らえろ」
ロッソの合図で男たちの切先が光る。
「殺すなよ。少々訊きたいことがあるのでな」
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