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ジャンが答える前にハルトが言った。
「うるさいのは貴様だ。この少年に記憶障害の可能性が高いことを知ってもなお、嫌みを垂れるか?」
「ハァ?」
「いっけね!」
ジャンが額を叩いた。
「忘れてたそうだった。
嬢、お前ミーグに伝えてくれるか?」
「何を? おじさまなら出張中よ。この干し草野郎の無礼っぷりを訴えるためなら走ってもいいけどね!」
「無礼なのは貴様のほうだ」
「まーまー怒んなって!
んだら、マナちゃんでいい」
「……マナエンで?」
ベニアとハルトの間に立って、ジャンは大きく頷いた。
そしてシュクルをベニアに向き合わせて言う。
「こいつはシュクルっていうんだ。実はミスターが、」
「なるほどね」
ベニアは最後まで聞かずに言った。
「今朝のことでしょ? ウワサになってるわよ。
へぇ。このボウヤがねぇ」
ベニアは片眉を上げた。
シュクルは口を開く。
「……あ、あの。さっきは助けてくれて」
「悪趣味ね。吐き気がするわ」
ベニアは騎乗してクルリと向きを変えた。
「分かったマナエンに言っとく。けど彼女も今忙しいの。すぐに時間が取れるって約束できない。
“それ”が道に飛び出せるくらい元気なら、なおさら後回しかもね」
「ああ、それでえぇ」
「じゃね」
ベニアは誰にも振り返らずに豹馬で駆けて行ってしまった。
残された三人。ジャンはハルトとシュクルの顔を見て、大口開けて笑った。しかしそれはハルトの冷え切った視線で終わる。
「シュクル、気にすんなよ」
ジャンは柔らかい笑顔でシュクルの頭を撫でた。
「悪趣味っつったのはミスターに対してだかんな。
ハルトもあんま嬢を虐めんな。嬢は本当は優しい子なんだ。ただ、口が悪りぃのがたまにキズで――」
「たまに、というレベルではないぞ。あれは」
ハルトの皺はそれ以上深くならなかった。
「ジャン、一つ訊いていいか?」
「なんだ?」
「もしやあの女、マティか?」
「んだ」
「……最ッ悪だ……」
米神を押さえたハルトにジャンが訊く。
「どした? 人種差別はよくねぇぞ?」
「違う。違うのだ。
ただ人生で初めて見たマティがあのような神秘の欠片もない……」
「……あの……マティって?」
必死に会話について来ようとするシュクルに、ハルトが答える。
「ヒトの一種だ。正式名称はルルディマティ。生まれつき片目が無く、そこに」
「はいはァい! とりあえずオッチャンちへ帰ろう、なっ? ハルトと立ち話してたら、足の裏から根っこが生えちまう!」
ジャンが大笑いしながら、二人の背中をバンバン叩いた。
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