[携帯モード] [URL送信]



 野次馬が取り囲み始める中、よろよろと近寄って来たのは先程の老婆だった。
 紙袋を一体どこに置いてきたんだろう。あのオレンジはどうなったのだろう。なんて考えてしまうぼくは、おかしいのかもしれない。

「……ああ……っ」

 老婆が手で顔を覆う。
 その小奇麗な服に、真新しいオレンジ色の染みが付いているのを見た。
 それだけで十分だった。

「……ごめんなさい、おばあさん」

 野次馬の視線に刺されながら俯いたシュクルに、老婆は震える声で言う。

「いい、いいんだよ……それよりあたしゃ、あんたが死んでしまったかと……いや、いいんだよ。無事なら……じゃあね」

 逃げるように去ってゆく老婆の反応は最もだと思った。
 自分が落としたたった一個のオレンジの為に、人が死んでしまうところだったのだから。そして無知は言い訳にならないことも、シュクルにはよく分かっていた。だから、何も言えなかった。

「――おい、バァちゃん! それ独りで持てるんか?」

 ジャンパルダフラは老婆が力なく頷くのを横目に、散り始めた野次馬をかき分けて行く。独り立ちすくむシュクルを見つけ、駆け寄った。

「おいシュクル!」
「……ジャン……」

 唯一知る人物を認めたシュクルは、その胸にすがるように倒れこんだ。
 やっぱり焼き菓子の匂いがして落ち着く。

「なんだってんだ? この騒ぎは」
「馬車にひかれかけたのだ」

 答えたのはシュクルでなく、ジャンの後ろからやってきた男だった。
 眉間に皺を寄せた強面の男だった。目と眉の感覚が極端に狭く、決して大柄なわけではないのにものすごい威圧感があった。灰と翡翠が混じったような色の短髪をストレートバックにしている。

「ひかれかけたって! 大丈夫かシュクル怪我ないか?」
「……うん、大丈夫」

 かすり傷一つ負っていないシュクルにジャンは安堵の息をつき、例の如く爆発したかのように笑った。

「寝巻姿に裸足で出てきちまったんだなァ。元気なこった!
 しっかしハルト、いつの間に聞いたんだ? おまえ今まで俺と一緒に……」
「記人とはこういうものだ」

 強面の男――ハルトが腕を組みながら言った。

「ジャン、笑いどころではないぞ。間一髪のところ、豹馬に乗った女に助けられたから良かったものの――」
「……ヒョマ? あれは、ウマじゃないの?」



[*前へ][次へ#]

8/10ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!