[携帯モード] [URL送信]

羽音、そして世界は
蒙霧升降-2


 風のありがたさを身をもって感じながら、野々子は蝉時雨の中を歩いていく。足の泥はすっかり乾いていて、まるで石膏像の一部のようになっていた。掻けばポロポロと剥がれそうだ。

「……くつ……履こうかな」

 しっとりした地面を足裏に感じて、少し冷静さを取り戻した野々子は考える。大抵、こういうところには虫がたくさんいるものだ。素足で奴らを踏ん付ける事だけは避けたい。でも今更な気も……。
 と、ふと視界の隅に何かを捕らえた。

 ――ほら穴?

 丁度この道の中間地点の辺りだった。山の岩盤をくり貫いて作ったような穴が、真っ黒な口を開けている。
 いや、これはほら穴じゃない。教科書で習ったことがある。これは――

「防空壕……」

 一気に汗が引くのが分かった。さっきまで全然気にならなかったのに、一人でいることがとても危ないような気がして、野々子は早歩きになる。

(確か『はだしのゲン』で読んだことがある。空襲を逃れるために、ここへたくさんの人が避難して……でも空襲が止んだと思って外に出ようと思ったら、入り口にはアメリカ軍が待ち構えていて……。その手には火炎放射器が握られていて……みんな、生きたまま焼かれて死んで……やだ! ……なんでこんな時に思い出しちゃったんだろ。
 あ、違う違う。確かあれは終戦間近の沖縄戦での話で、ココとは関係なくて……。いや、関係ないことはないんだけど、今は関係なくて……)

 野の子は必死に地面を観察して、虫を踏ん付けないように歩く。

(そう、虫を踏ん付けないように。全ての関心は虫に……。虫、虫、虫、む――あ、よかった。蝉の死骸踏まなくて済んだ)

「わ! どうしたの?」



[*前へ][次へ#]

9/11ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!