羽音、そして世界は
土潤溽暑-6
「山を抜けると四つ角に出る。小さな地蔵が目印。向かって右側に小学校の旧校舎があって、左側に新校舎がある。そこを右に曲がる。しばらく行くと、川に橋が掛かっている。そこを渡って真っ直ぐ行くと、神社が見える。その神社の隣の隣がオレんち」
「……一気に言われても覚えられないんだけど。てか、一緒に行ってくれるんでしょ?」
「だってオマエ、歩きじゃん」
「え、何、あんただけ自転車乗って先行くつもり? 迎えに来た意味なくない?!」
男の子は舌打ちをした。
「……ったく、荷物運んでくれるだけでもありがたいと思えよ」
「はぁー?!」
なんなの、このハゲ?!
野々子は口をパクパクさせながら、ハゲが素早く自転車を漕ぎ出すのを見た。
「オレなら二十分で着くけど、オマエの足だったら四十分は掛かるとみた!」
ハゲが破顔した。
ハゲが絵に書いたような、ものすんごい悪党ヅラで嗤う。笑えるくらい完璧な悪党ヅラだった。これがヤツの正体…!
ぐんぐん広がる距離。
野々子はショックで忘れていた足の痛みを、今更思い出して焦った。
「ちょ、ちょっと、待ってよ! この靴で歩いてけって言うの?!」
「そんなの履いてくるオマエが悪い。ハッ、なに色気付いてんだか」
バッカじゃねぇーの!
ハゲの捨て台詞。
それは反射だった。野々子は電光石火の早さでミュールを脱ぐと、ハゲの頭目掛けて遠投した。
「ダっさい、ハゲに言われたかないわー!!」
野々子の絶叫と共にミュールが飛んで行く。本人もビックリするくらいの速さだ。
しかしコントロールが良くなかった。
ミュールはハゲを避けるかのように綺麗な放物線を描き、ぼちゃんと田んぼに落ちた。
小気味よい音だった。
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