羽音、そして世界は
土潤溽暑-5
「伊庭野々子さんですか」
電話を切って五分も経たない頃だった。黒いママチャリに乗った坊主頭の男の子に声を掛けられた。小学生か中学生か迷うくらいの年で、よく日に焼けている。
「……シロウズさん?」
男の子はスタンドを立てながら黙って頷くと、こっちへ来いとでも言うように手招きした。片手には丈夫そうな紐を持っている。どうやら野々子のカバンを自転車に積んでくれるらしい。
「まさか」と思いながら野々子はカバンをそろそろと渡す。男の子はそれを受け取ると、馴れた手つきで自転車の後ろへ括り付けていく。
まさか……。
――迎えって、このママチャリ?!
やっとこの暑さから開放されると思ったのに! 車じゃないなんて!
驚愕と共に明らかに嫌そうな顔をして、野々子は最後に手土産の入った紙袋を渡した。男の子はそれを受け取ると“ひょっとこまんじゅう”の文字をまじまじと確認し、野々子のカバンよりも丁重にカゴに積んだ。少しイラッときた。
「……あのさぁ」
「その踏切を渡って、真っ直ぐ山の間を抜ける」
「え?」
いつの間にか自転車に跨っていた男の子は、遠くに見える二つの山を指しながら説明をし始める。
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